第4話 9月19日 その3

 昼休みの教室での話。

 「……ったく、なんだよ」

 窓際の自分の席で寝ていると琴音から連絡メールが来た。ちなみにあいつは友達と学食に行って教室にはいない。

 「人が気持ちよく寝てるのになんだよ。ま、無視してやるけど」

 校内では俺と琴音は他人という“設定”になっている。本当の事を知っているのは担任と数人の教師、あとは彰仁だけだ。なので基本的に行動を共にすることはなく、当然クラスメイトの範疇を超える会話はご法度。故に家の事はすべてメールでやり取りしているのだが――


 《やっぱりプリンも食べたい♪》


 意味わかんねぇ。プリンもってことはエクレアも食べる気なのか。やっぱ無視して大丈夫な奴――じゃないな。

 「続きがあるな。えっと――」


 《次の日曜日、バイトないよね? 空けといて》


 「空けとけって珍しいな。とりあえず『拒否権は?』っと」


 《無いに決まってるでしょ》


 「ないのかよ」


 《ほら、わたしたちって一緒に暮らし始めて1年になるでしょ?》


 『そうだな。つーかその表現やめろ』


 《事実だから良いでしょ。それでね、お母さんたちへ記念に何かプレゼントしたいなって》


 あぁ、なるほど。そういう事か。要はプレゼントを買いに行くから付き合えと。確かに拒否権は使えないな。


 『プレゼントって何か当てがあるのか?』


 《ハルくん何かある?》


 「やっぱりそうなるのかよ」

 思い付いたのは良いが、最後は俺に丸投げするいつものパターンだ。この間も「マカロンが食べたい」と言って、買いに行くのかと思えば俺に「作って」とか言ってきたからな。ま、作れるから良いけど。


 《二人ともお酒好きだからワインとか良いかなと思ったけど、未成年じゃ買えないし……何が良いかな?》


 前言撤回。それなりに考えたけど決まらないって感じか。なら俺も協力するしかないだろ。けどな?

 「親父とおばさん、たしか好みが違うんだよな」

 親父は日本酒専門、おばさんはワインなどの果実酒が好みだったはず。琴音がワインをチョイスしたのもおばさんの影響だろうな。


 『酒は無理だから、グラスとかそういうのが良いんじゃないか?』


 《グラスか! 考えてなかったよ。でも高くないかな?》


 『ランク下げたら大丈夫じゃないか? それか肴になる食べ物とか』


 《それもアリかも! あ、そろそろ教室戻るから》


 「りょーかい。で、結局何にするんだよ」

 昼休みもそろそろ終わるし、細かい事は家で話せば良い。それにしても、記念のプレゼントとか良く思いつくよな。

 「きっとアレだな。育った環境の違いってやつじゃね?」

 「うちはそんなことした事ないからなぁ……いつからいた?」

 「ん~『一緒に暮らし始めて1年――』あたりから?」

 「アキ、他人のメール盗み見するのは良くねぇぞ」

 「良かったな。これってデートに誘われたのと一緒だろ」

 「話を逸らすな。それにどう解釈したら“デート”になるんだ」

 「そりゃ琴音ちゃんと二人ならデートだろ」

 「じゃあ、おまえは姉貴とデートするのか」

 「あれ? 琴音ちゃんの事、姉と思ってるのか?」

 「……ったく、予鈴なるぞ。さっさと席に行け」

 「はいはい。ま、頑張れよ~」

 こいつはいったい何を言ってるんだ。姉とデートなんて――


 ――あいつとならアリなのか


 そんな邪な考えを打ち消すようになる予鈴。それとほぼ同時に教室に入ってきた琴音は一人だった。どうやら隣のクラスのやつと居たみたいだが、

 (……ん? いま、目合わせてきた?)

 家族だし、一応姉貴だし(1日違うだけだけど!)、こんなことで一喜一憂するのはバカだけど、

 「嫌われてはないんだよな」

 と、思ってしまうのは、きっと午後特有の睡魔に襲われているからだ。


 「それでね、考えたんだけどグラスとか記念に残るようなものが良いと思うの」

 「そうか。それで良いんじゃね?」

 「ちょっと、少しは真面目に考えてよね。あと“お姉ちゃん”だから」

 「はいはい」

 「もー、絶対分かってないでしょ。良い? 私の方が年上なんだよ」

 「一日だけどな」

 「何か言った?」

 「別に」

 「もう! いい加減“お姉ちゃん”って呼んでよ」

 「はいはい」

 二人での夕食の席。琴音から“お姉ちゃん”と訂正を要求されるのも慣れっこ。スルーして話を続けた。

 「グラスとかで良いけどさ、どうするんだ。ネットで調べるか?」

 「じゃあ、なんで日曜空けてって言ったと思ってるの?」

 「なんでだ?」

 「この間ね、ソラプラに新しい雑貨屋さんが出来たのっ」

 「それ、ただ行きたいだけだろ」

 「と、とにかく! 日曜日は10時に駅前ね」

 「は? 待ち合わせするのかよ」

 「当たり前でしょ。いつもみたいにわたしが出た後に出る事。良い?」

 「はいはい」

 「それから――」

 「?」

 「そっちの方が……な、なんでもないっ」

 慌てて誤魔化す琴音だが俺にはしっかり聞こえた。いま「デートみたい」って言ったよな。

 「あのさ――」

 「だから何でもないって!」

 「まだ何も言ってないだろ。チョコ増しエクレア、冷蔵庫に入れてるから勝手に食って良いから」

 「買ってきてくれたのっ」

 「あ、プリンは無いから」

 「えー」

 「最初にエクレアが食べたいって言ったの誰だよ」

 「そこはプリンも買ってくるとこでしょー」

 「今度買ってくるからそれで我慢しろ」

 「うぅ~。こうなったらハルくんの分も食べちゃうから」

 「好きにしろ。部屋にいるから、食べたら感想聞かせろよ。一応、新作だからな」

 「知ってるよ。だから食べたいんだもん」

 新作スイーツで一気に機嫌が良くなる“チョロい姉”をダイニングに残して俺は先に部屋へ戻る事にする。いつもなら一緒に食べていたかもしれないが今日はなぜかあいつと距離を取りたかった。

 「デートって、何言ってんだよ」

 琴音の事だ。そういう意味で使ったとは思えない。けどさ――

 「……少しはこっちの気にもなれよ」


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