第9話 10月12日
昼休みの事だ。弁当を食べ終え、いつもみたいに自分の席で寝ていると彰仁の気配を背後に感じた。
「なんだよ。寝不足なんだ。寝させろよ」
「そんなのいつもの事だろ」
「邪魔してるのは誰だよ」
「なぁ、琴音ちゃんとなんかあったのか?」
「なにも」
「嘘つけ。今朝は一緒に駅まで来ただろ。さっきも普通に話してたし、変だろ」
「別におかしくねぇだろ。家は一緒だし、話だってするだろ」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
さすが親友。俺たちに何かあったことは察しているみたいだ。こりゃ誤魔化すより素直に話した方がマシか。俺は机に伏したまま顔を窓に向け昨夜の出来事を話した。
「告った」
「マジ?」
「マジ」
「返事は」
「ご想像にお任せする」
「そうか。良かったな。で? 付き合うのか?」
「さぁな」
「そっかぁ――は?」
「そういう反応になるよな」
「え、なに。意味わかんねぇよ」
そりゃそうだよな。相思相愛の相手と中途半端な関係だと言ったら理解に苦しむよな。
「付き合うとか、そういうのはまだ先だな」
「はぁ? なんだよそれ」
「互いの気持ちを確認した程度って感じ、って言った方が良いかもな」
「よくわからんが、とりあえず前進したんだな。よく告ったな」
「俺もよく言ったと思うよ(ま、きっかけは俺があいつの裸見てしまった事なんだけどな)」
「けどよ、両想いなら付き合ってるのと同じなんじゃね?」
「だよなー」
「なんだよ。他人事みたいな反応だな」
「いや、もう後に引けなくなったなぁって」
「いまさら怖気づいたのかよ」
「そんな感じだな」
親父たちの事がなければその場で付き合うって答えが出ていたと思う。俺だって親父の再婚は嬉しい。そう考えると俺は少し自分勝手だったのではと不安になるのだ。
「別に深く考えなくて良いと思うぜ」
「そう言ってくれるとマジ助かる」
「まぁ、アレだな。結果的に琴音ちゃんと両想いだったみたいだしさ、気楽にやった方が良いと思うぞ」
「気楽にやれたら困らねぇよ」
ほんと他人事だと思って適当な事言いやがって。でも、適当に見えて実は的を射た事を言ってるんだよな。
「――アキってさ」
「なんだ?」
「実は良いやつだよな」
「ちょっ“実は”ってなんだよ」
「怒んなよ。これでも感謝してんだから」
「そりゃどうも。あ、そうだ」
「なんだよ。まだ何かあるのか」
「琴音ちゃんが“放課後、北校舎の裏に来て”だと。メール来てたの忘れてた」
「りょーかい。つかなんで直接言わねぇんだ」
「さぁな。ま、想像はつくけどな」
「なんだよそれ」
ニヤリと不敵な笑みを見せるアキに首を傾げる俺。まぁ、放課後になればわかる事だ。
「ごめんね。呼び出したりして。あ、ちゃんと時間差付けて教室出てくれたのはさすがだね」
「そりゃどうも。で、どうしたんだよ。わざわざ呼び出すなんて。それもこんな人気のないって……琴音?」
「バカ。昨日はあんなカッコいい事言ってたのに」
「え? あー悪い」
不機嫌そうにそっぽを向く琴音を見て呼び出された理由に気付く俺。なるほど、だから北校舎の裏なのか。確かにここは有名な告白スポットだからな。
「昨日の事だよな。悪い。そんなの頭に無かったからさ」
「ほんと、昨日の事が嘘みたいなんだから。でも素直でよろしい」
「そりゃどうも。それじゃ――」
「……うん」
「ここに呼び出してって事はさ、そういう事なんだよな」
「昨日はちゃんと言ってないもんね。ハルくんっ」
「お、おう……って、琴音?」
突然名前を呼ばれつい身構えてしまったが、深々と頭を下げる彼女の口から出たのはある意味予想通りの言葉だった。
「昨日の返事だけど、少し待ってほしいの」
「それは“保留”ってやつか」
「そう、なるのかな。ごめんなさい」
「親父たちの事があるからだよな」
「うん。ごめんね」
「謝るなよ。昨日も言ったけどさ、一緒に暮らしてるんだし、別に焦らなくて良いと思うぜ」
「ありがと。ちゃんとお返事はするから」
「それは良いけどさ――」
「なに?」
「昨日みたいなの、あれはナシだからな」
「わ、わかってるよ! って言うか、忘れるって言ったよね⁉」
「誰にも言わねぇからそれで良いだろ。バイトねぇし、一緒に帰るか?」
「話逸らさないの!」
「はいはい。急がないと快速間に合わないぞ」
「あ! ちょっと待ってよ」
慌てて追いかけてくる琴音を置いて正門へ向かう俺。なんて言うか、こういう日常に憧れていた。
琴音との姉弟関係が変わる事なく、変わったとすれば二人の間にあった“変な壁”が無くなった事くらい。
たぶん、今はこれくらいがちょうど良いんだと思う。
少しずつ、ゆっくりと前に進めば良いさ。なんせ俺たちは一緒に暮らしてるんだ。他の奴等にはないアドバンテージがある。
それに、保留と言っても琴音の答えはもう出ているのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます