第6話 10月2日 その2

 「日本酒もグラスで飲むと美味しいなんて知らなかったね」

 「俺たち高校生だからな。知らなくて当然だろ」

 「そうだね。でもなんかごめんね」

 「なにが?」

 「お昼代出させちゃって」

 「別に良いだろ」

 いくら“姉”が相手とは言え、こういう時はカッコつけたい見栄っ張りな俺。

 「たまには奢らせろよ。一応バイトしてるんだしさ」

 「そうだけど、お小遣い大丈夫?」

 「バイト代入ったばかりだから大丈夫」

 「でもでもっ、お母さんたちのプレゼントだってハルくんの方が多く出してくれたし――」

 「なんだよ」

 「少しはお姉ちゃんを立てなさいっ」

 「…………」

 ……訂正。

 こいつに見栄とかそんなのはやっぱ要らない。次は琴音に全部出せてやろうと決意するがそれよりも気になる事が一つ。雑貨店で店員に言われた言葉が引っ掛かって仕方なかった。

 「あのさ、琴音」

 「琴音じゃなくて“お姉ちゃん”でしょ。なに?」

 「俺たちってやっぱ傍から見ると姉弟には見えないんだな」

 「え?」

 「雑貨屋の店員に『素敵な彼女さんですね』って言われてさ、やっぱそう見えるんだなぁって」

 「……そ、そうだね」

 「琴音?」

 「こ、これからどうしようか?」

 「そうだな。まだ時間あるし――」

 「どうしたの?」

 「うしろの二人がすげぇ怖いんだけど」

 気付かないフリをしていたがこれ以上無視する事は出来ない。彰仁と桑原さんの視線が鋭い刃のように刺さってくる。

 「やっと気づいたな。完全に二人の世界だったから声掛けなかったんだけどな」

 「悪かったよ」

 「なぁ、桑原さん。オレたち邪魔みたいだし、外した方が良いよな?」

 「そだね。いまのは完全にアレだったよね」

 「ちょっと莉子まで言わないでよ。別にそんなのじゃないから」

 「でも周りから見ればそういう・・・・空気だった。気づかなかった?」

 「そ、そうかな……」

 琴音に追い打ちをかける桑原さん。それにしても琴音もなんで言い淀むんだよ。そこは否定するとこだろ。

 「わたしたちは別に――」

 「冗談よ。まぁ、仲の良い姉弟には見えたけど」

 「もう莉子ったら意地悪しないでよー」

 「ちょっと琴音借りて良い? ちょっと二人で話したいことがあるの」

 「え、良いけど。どこで待ち合わせする?」

 「一時間後にここじゃダメかしら?」

 「りょーかい。それじゃ一時間後にここに集合な?」

 「ええ。それじゃアキくん、そっちお願いね」

 「おっけー。さ、ハル。オレたちも行こうか」

 え、なに? これじゃまるで二人で示し合わせたみたいじゃん。てか既に桑原さん、彰仁のこと“アキくん”って呼んでるし。俺、まだ名前呼ばれたことないんですけど?

 「おまえ、俺たちが買い物してる間に桑原さんと何があった?」

 「ん? 共同戦線張ったって感じかな」

 「意味わかんねぇよ。で、さっき二人でなに話してたんだよ」

 「ハルと琴音ちゃん、ほんと仲良いねって話かな」

 「絶対嘘だろ。つかその手離せ!」

 「離したら逃げるだろ」

 「逃げねぇよ! 離せこら!」

 「オレもハルに話したいことあるし、どっか行こうぜ。あ、久しぶりにゲーセンでやりあう?」

 「何処でもいいからさっさと手を放せっ」

 逃がすまいと俺の腕をつかむ彰仁の手を振り解く。

 「どうせ琴音の事だろ。ゲーセンとかじゃなくて、もっと静かな場所が良いんじゃないか」

 「騒がしい方が聞かれなくて済むだろ」

 「なんだよそれ。言っとくが琴音はやらねぇぞ」

 「まーたその話? だから別に盗る気は無いって。ほら、早く行くぞ」

 聞き飽きたという表情の彰仁は何処に向かうでもなく適当に歩き始める。彼の態度にはどうも釈然としないがここで言い争うつもりはなし、今はこの世話焼き野郎にあとを付いて行くしかない。


 適当に歩き回った結果、俺たちが辿り着いたのは駅ビルの中を少し移動したところにあるゲーセン。結局ゲーセンかよと思ってしまうが、考えてみればアキとアーケードゲームでやりあうのは久しぶりだ。

 「それで、話ってなんだよ――っと、あっぶねぇー。死ぬとこだった」

 やはり対戦型のシューティングをプレイしながらの会話は難しい。危うく彰仁から一発食らうところだった。

 「ハルは琴音ちゃんのこと、どう思ってるんだ?」

 「どうって、そりゃ姉というか――って! それ卑怯だろっ」

 「勝つために手段は択ばねぇよ。琴音ちゃんのこと好きだろ。いい加減正直になったらどうだ? っと、ハルもなかなかやるな」

 「いつから気付いてた」

 「お、意外に素直だねぇ。二人を見てたら誰だって気づくだろ。ま、学校じゃ上手く演じてるとは思うけどな」

 俺の攻撃を上手く避けながら、雑談を交わすような口調の彰仁。俺が攻撃を止めたほんの一瞬で弾を補充するとすぐ撃ち返してきた。

 「オレはさ、ぶっちゃけ二人の事はどうでも良いんだよね」

 「なんだよそれ」

 「ハルと琴音ちゃんは姉弟だけど血が繋がってない。赤の他人と同じ。だから仮にそういう関係になっても誰も止められない」

 「けどさ――」

 「ハルが言いたいことはわかるさ。世間がどうとか、親がとか、そんなやつだろ。でもさ」

 「なんだよ」

 「さっき言ってただろ。『琴音はやらねぇ』って。あれってどういう意味だ?」

 「あれは――」

 反論しかけたところで言葉に詰まった。言い返す言葉が見つからなかった。

 「それが答えじゃねぇの。ハルの中ではもう決まってるんだよ。さっきも手繋いでただろ」

 「……気付いてたんだな」

 「そりゃね。あれってさ、普通に考えれば高校生の姉弟がすることじゃないよな。ま、仲の良さは伝わるけどな」

 わかってるさ。でもあれは琴音が先に繋いできたわけで――

 「琴音ちゃんからって言いたそうだな。仮にそうだとしてもさ、理性が働くなら振り払うこともできた。少なくともあの繋ぎ方はしないはずだ。つまりハルの中じゃ感情が勝ったんだよ」

 今日のこいつは感が良すぎる。俺の胸の内を理解しているようなそんな言い方に何も反論できない。

 「あ、勝った。ハルってさ、アーケードになると弱いよな。もう一戦やるか?」

 「やめとく。どうも勝てそうにない」

 「アーケードじゃ一生勝てねぇよ。そろそろ1時間経つし、戻るか」

 「……そうだな」

 「オレは二人に干渉はしない。けど、一つ言わせてもらうなら――」

 「なんだよ」

 「さっさと告っちゃえ」

 最後の最後に茶化しやがった。

 だが、そのおかげで俺の中にあった何かがきれいに取れたのは間違いない。


 帰りの電車は俺と桑原さん、琴音と彰仁でペアになりそれぞれ別の車両に乗った。いや、琴音から離れようと別の車両に乗った俺に桑原さんが付いてきたと言った方が適切かも知れない。

 「琴音たちと一緒じゃなくて良いの?」

 「別に一緒じゃなくても良いだろ」

 「あの子のこと、どう思ってる?」

 「好きだな」

 「それは女の子として? 思ったより素直なのね」

 「なんか吹っ切れた」

 「なにそれ。その様子だとアキくんに何か言われたみたいね」

 「小言は言われた、かな」

 「そう。私もあの子に少しお灸をすえてやったわ」

 「どういう意味だよ」

 「そのうち解るわよ。あ、キミのことはこれから名前で呼ぶよ」

 「琴音か。あいつ、二人称呼びは好きじゃないからな」

 「知ってたのね」

 「そりゃ一応姉弟だからな」

 一緒に暮らし始めすぐの頃、琴音の事を「おまえ」って呼んだら『人の事をおまえとか呼んだらダメ』って怒られた。ちゃんと名前で呼びなさいと。

 「琴音ってさ、礼儀というか、そういうとこしっかりしてるよな」

 「亡くなったお父さんの影響みたいよ。学校の先生だったからそういう事には厳しかったみたい」

 「そうか……ん? 琴音の親父さんって亡くなったのか?」

 「聞いてないみたいね。たしか病死だったと思う」

 初めて聞いた。きっと親父たちはいろいろ話してるんだろうけど、考えてみれば俺たちは互いの事をあまり話したことはなかった。

 「あの子は自分から話したがらないし、だからと言って聞くわけにもいかない。あ、私から聞いたことは内緒ね」

 「わかってるよ」

 「御笠くん。琴音のことお願いね。あの子、意外と手が掛かる寂しがり屋だから」

 「それはどういう意味に取ればいいんだ」

 「フフッ。そこは自分で考えなよ」

 不敵な笑みを見せる彼女だがその表情が「応援してるよ」と言ってるように見えた。

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