第7話 10月10日 その1

親父たちへの再婚1年記念のプレゼント買いに行った日から数日。結果としてサプライズは成功した。

 プレゼントに感激しすぎて男泣きする親父にはさすがに驚いたが、二人とも喜んでくれて全てが大団円に終わると思った。


  ――そう。終わった……はずだった。


 それは夕食後の事。いつもより少し早めの風呂に入ろうとした時だった。

 脱衣所の明かりは灯っていたが、親父はリビングで酔いつぶれ、おばさんもキッチンに居るからと気にせず入った刹那。浴室のドアが開き、琴音が出てきたのだ。

「…………」

「………………」

「……………………」

「あ、えっと。その……」

 無言で固まる俺たち。

 思考停止状態の琴音を前に何とか取り繕うとするが言葉が出ない。なにせ同い年の女の子が目の前に全裸いるのだ。漫画やアニメのような都合のいい湯気や光が差し込む事もなく、全てが見えるわけで――


「…………ハル?」


あ、これガチのやつだ。これまで見たことのない引き攣った笑顔で俺を睨んでいる。

「あ、えっと……」

「何か弁明は?」

「……い、意外とあるんだな」

「早く出て行って!」

バタンと音を立てて戸を閉め浴室に引き籠ったのは琴音。俺は彼女のあまりの剣幕に動けなくなった。

 「……最悪だ」

暫くして琴音はちゃんと浴室から出てきてくれた。だがいつもようにリビングで髪を乾かす事はせずにそそくさと自分の部屋へ籠り、その夜はどんなに謝っても部屋から出てくる事はなかった。


 「いったい何があったの? 全然口きいてないじゃない」

 翌朝。

一夜明けても琴音が口をきいてくれる事はなく、それどころか視線すら合わせようともしなかった。簡単には許してもらえないと覚悟はしていたが、そんな俺たちに呆れたおばさんが口を挟んできた。

 「学校も同じだから色々あると思うけど、早く仲直りしなさいよ」

 「別に喧嘩してないし」

 「その割には全然話してないじゃない。春亮くんも、どっちが悪いか知らないけど姉弟なんだから、ね?」

 「は、はい……」

 「ごちそうさま。先に出る」

 「あ、琴音。今日、彰さんは夜勤だし、わたしも遅くなりそうだから夜は先に食べておいてね」

 「わかった。いってきます」

 よほど居心地が悪かったみたいだ。おばさんとすら目を合わせずに食卓を立つ琴音はそのまま家を出たのだが、残された俺はなおさら居心地が悪かったのは言うまでもない。

 「それで、琴音と何があったの?」

 「なにもありませんよ」

 「そう? その割には口きいてないように見えるけど?」

 「実は昨日、琴音と風呂が重なっちゃって」

 「え? ああー。昨日の怒鳴り声はそれだったのね」

 「やっぱり聞こえてました?」

 「口挟むのもどうかと思って聞こえなかった事にしたんだけどね。で、どうだった?」

 「はい?」

 「あの子、大きいでしょ」

 「ちょっ、何言ってるんですか」

 「あの子、スタイル良いのに見せる相手が居ないのが残念よねぇ」

 「母親の言うセリフじゃない気がするんですけど」

 「高校生だし、ある程度は自由にさせなきゃ。節度さえ守ってくれたらそれで良いのよ。それにしてもあの子も見られたくらいで大袈裟ね」

 「見られたくらいって……」

 「家族なんだからあり得る話でしょ?」

 「それはそうかも知れないですけど――」

 「あの様子だと当分許してくれないだろうけど、喧嘩も程々になさいね」

 「わかってますよ」

 おばさんにはそう答えるも和解する手立ては見いだせず、そのまま席を立ち学校へと向かうのだった。


 「ハル? 連休中に何かあったか?」

 「別に何もねぇよ」

 「嘘つけ。琴音ちゃんと目線合わせようとしてねぇだろ」

 「それがどうした」

 「どうした、じゃねぇよ。あれか? 喧嘩でもしたか」

 「余計なお世話だ」

 まったく、コイツはほんと妙なとこで勘が鋭い。

 観察力があると言えば聞こえは良い。だがそれ故に少々お節介が過ぎる困った奴だ。昼休みの貴重な睡眠時間を邪魔する事しか能がないのかこいつは。

 「あいつを怒らせた、って言えば納得か?」

 「マジギレ?」

 「マジギレ。あいつが俺を呼び捨てする時はガチの時だからな」

 「ったく、何したらそうなるんだよ」

 「さぁな。とにかく、暫くはこのままだろうな」

 さすがに事故と言っても風呂を覗いたとは口が滑っても言えない。

 けれど変に誤魔化してもこいつの事だ。あれこれ詮索してくるだろうと思ったが、タイミング良く5限目の予鈴が鳴った。

 「ほら5限目が始まるぞ」

 「あとでしっかり聞かせてもらうぞ」

 「はいはい。さっさと席に戻れ」

 机に伏したままアキを自分の席へと追い払うと、学食から戻ってきた琴音の姿が目に入った。

 「やっぱ怒ってるなぁ」

 やはり琴音が視線を合わせてくる事はなく、俺もただ彼女の姿を視界に入れるだけ。互いに変な壁を作っていた。

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