第3話 9月19日 その2

――阿澄琴音あすみことね


 俺の“姉”で親父の再婚相手、玲香さんの娘の名前。姓が違うのは二人がまだ籍を入れていないから。俺たちが卒業するまでは籍を入れないと決めたらしい。

 たれ目で黙っていれば可愛い “姉”は俺と誕生日が一日しか違わない。あいつが12月1日で俺が2日。

 たった1日しか違わないのに「先に生まれた」からという理由で俺が弟になった。同い年なのだからどちらかと言えば双子に近い関係だと思うし、同居して一年以上経つ今でもこの関係性には違和感しかない。

 「よっ、ハル! おはよ」

 改札を通り、ホームへ続く階段に差し掛かったところで背後から聞きなれた声が聞こえ、振り返ると腐れ縁ともいえる親友の姿があった。

 「琴音ちゃんは?」

 親友に会った直後にそれかよ。

 「ついさっきホームに降りて行った。てか琴音ちゃん言うな」

 「そっかぁ。残念」

 「話を聞け。そう思うなら“弟”代わるか? 歓迎するぞ。学校は当然、家でもずっと一緒だ」

 「うーん、ずっと一緒かー」

 「ん? あれ?」

 冗談半分で言ったつもりだったが彰仁は本気で悩みだした。確かに琴音の事になると何かと絡んでくるが真に受けられると正直困る。

 (こいつ、もしかして琴音の事……)

 きっとそんな心の声が表情に現れていたのだろう。アキがニヤッと不敵な笑みを見せた。

 「ハル~。琴音ちゃん盗られたら困るのか?」

 「べ、別にそんな事ねぇよ」

 「うそつけ。でも安心しろ。いくら何でも琴音ちゃんを横取りするとか、そんなつもりはねぇよ」

 「A定食+ジュース1本な」

 「ちょっ、A定はやめてくれ。悪かったって。で、今日もいつも通り?」

 「ああ。あいつが出てからきっちり60秒数えさせていただきました」

 「そりゃ朝からご苦労様。でもさ、時間差付けても電車が同じなら意味なくね?」

 「同じこと、本人を前に言えるか?」

 指摘したところで「じゃあ1本ずらして」と言われるのが目に浮かぶ。

 それに、仮に列車をずらしたとしても最終的には同じ学校に辿り着くわけだし、教室だって同じだ。どちらかが転校でもしない限り通学方法をいくら変えようと意味がないのだ。

 「もう一年経つんだっけ?」

 「そうだな。早いよなぁ」

 「親父さんが再婚するって聞いた時は驚いたけどさ、決まってからはほんと早かったな。それにしてもさ?」

 「ん?」

 「再婚相手の娘が同じ学校だなんて変な偶然だよな。てか世間狭すぎるだろ」

 「頼むから他に言うなよ。この事、おまえにしか言ってないんだからな」

 「わかってるって。親父さん同居するまで何も言わなかったんだっけ」

 「一応は聞いてた。けど歳聞いてなかったし、クラス替えの事も頭になかった」

 「そりゃハルが悪いな」

 「だよなー」

 そう。再婚相手――玲香さんの娘が同じ高校にいる事は聞いていた。けど同じ学年だとは思ってなかった。いや、同い年だと知ったら再婚に反対されると思って黙ったいたのか?

 「一年の時はクラスが違ったから良いけどさ、今年はなんで同じクラスなんだよ」

 「そりゃアレだな。学校の陰謀ってやつ」

 「だったら訴えてやるさ」

 「まぁまぁ、そこは穏便に済まそうぜ。そういえば、今日だっけ。ハチポチの新作解禁日」

 「チョコ増しエクレ……そういう事か」

 「琴音ちゃんに聞かれたんだよ。新作とか出ないかなって」

 「あいつ甘いもの好きだからなぁ。つーか、なんで俺じゃなくておまえに聞くんだよ」

 「妬いてる?」

 「そうか。そんなにか。ならクッキーと一緒にオーブンへ入れてやろうか?」

 「冗談だって。お菓子好きなら琴音ちゃんもバイトすれば良いのに。ハルんとこ募集してたよな」

 「バイトまで一緒なんてこっちから願い下げだ」

 「ほんとは嬉しいくせに。あ、琴音ちゃん、先頭に乗ったな。一緒に乗る?」

 「おまえ、ストーカーか何か」

 「まさか。強いて言うなら――」

 「言うなら?」

 「二人の保護者的な?」

 意味わかんねぇ。なんでこいつと親友なんだろう。親友だと思って親の再婚とか突然できた“自称”姉の話とかしたけど、黙っていれば良かったとつくづく思う今日この頃。

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