ゴールテープ前:人生のレース

無意識に、藤田東吾は走っていた。極限まで集中した思考で、横から第3レーンの竹下が追い上げているのを察知した。追いつかれるわけにはいかない。ふと藤田は、自分が三好ケンジだった頃を思い出した。当時、自分は人生の第8レーンで、今まさに飛び出そうとクラウチングスタートを切る瞬間だった。ピストル音が全てを打ち消し、自分はそのコースから脱落した。しかし、そこから這いあげてもらい、まるで54年かけてマラソンをゴールした金栗四三のように再びスタートラインに立つことができた。事件からちょうど5年の今日に行われるこのレースが、正に自分にとってのスタートの瞬間だった。意識だけでも左に寄せて、彼はほぼ真横を走る第一レーン神山を認識した。彼と、二人で、日本を代表する選手になり、同じレースを走る。三好ケンジの夢は、今こうして叶っていた。ただ一つ残念なのは、彼はレースの相手があのケンジだと知らないことだ。彼は、このレースが終わったら神山に真実を伝えるつもりだった。ただ自分は弱いからやっぱ言えないかもしれない。それでもいいんじゃないかとも感じていた。このレースでスタートした瞬間に、三好ケンジは死に、今は藤田東吾だけが残っている。この後神山は、たぶん藤田東吾と相棒になるだろう。過去を掘り起こすより、それのほうがいいんじゃないかなと思っていた。今だって自分は前を向いていて、スタートの合図、ピストルじゃなくいつものマネージャーのホイッスルを待っている。それでいいじゃん。新しくスタートしても。頭のどこかでホイッスルが鳴っているのを感じながら、三好ケンジ、藤田東吾、神山大の三人はほぼ同時にゴールテープを切った。

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十秒間ランナーズハイ 鰐蛇 @raika101

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