冬荻祭 SIDE麻生花純
「『乗り換え塀』って言うのね」
新津くんが逮捕されてすぐ、私は秀平に訊ねた。
「ああ。マックの向かいの低い塀だろ」
しかし秀平の顔は暗かった。
「あそこ、監視カメラあるのか」
「うん」
私はハッキリ頷いた。
「だから新津くんも、犯行時の姿がしっかり映ってると思う」
「俺がとやかく言わなくても花純がいりゃ俺は助かったのか」
秀平の抱えている気持ちが分からなくて、私は発言に困った。でも続ける。
「うん。最初からそれが目的だったし」
秀平は笑った。
「ありがとうな」
その日は、それだけで、終わり。
私と秀平は事件の証言を取るため警察署に行き、聴取を受けた。
その後、お互いの親に連れられて帰った。
秀平は、私と接している間はずっと、無言だった。
何だか心がつままれてるみたいに、つんと、じんと、痛かった。
何でだろう。何でなんだろう。
*
事件が解決して、無事、
短縮版。それでも生徒は盛り上がっていた。盛り上がるしかなかった、というのが正確な表現かもしれないが、でも……。
華と光が、そこにはあった。
まるで殺人事件なんかなかったかのように……。
「せんぱーい!」
私にアカペラチーム結成を持ちかけてきた
男の子とお付き合いをするのって、どんな感じなんだろう。
恥ずかしながらそういう経験がないままこの歳まで来た。今まで興味がなかった、というのが正直なところかもしれない。それに私自身がモテなかった。だから余計に自信がない。
ただ……。
「さぁ先輩! 本番間近、練習励みますよぉ!」
土曜日曜ととにかく歌った。不思議なもので、音楽には心を癒す力があるのか、事件で負った私の傷も疲労も悲哀も、徐々に癒えていった。
気持ちが上に向いたからだろうか。練習の途中、私は三ヶ嶋ちゃんにそっと訊ねた。
「〈グレノベ〉の奥野くんと付き合ってたよね……?」
すると三ヶ嶋ちゃんは笑った。
「はい!」
「あの、訊きたいんだけど」
私は三ヶ嶋ちゃんの耳元に口を寄せた。
「男の子と付き合うのって、どんな感じ?」
すると三ヶ嶋ちゃんは笑った。
「毎日が、まぶしくて。大切で」
へ? と声が出る。
「毎日がドキドキで、身が持ちません」
ふふ、と笑った三ヶ嶋ちゃん。
何だかとても、お姉さんだった。
*
そうして迎えた冬荻祭当日。
私は名島ちゃんに衣装を渡された。
「な、何これ……」
赤いシャツにデニムのショート丈オーバーオール。
名島ちゃんも同じ色、デニムのオーバーオールを着ていた。
「『カスミン』はオーバーオールで歌うこととします!」
「何それ聞いてないんだけど」
「昨日後輩一同で決めました!」
へへ、とみんな。そんなみんなもオーバーオール。でもショート丈は私だけ……?
「先輩これ着てください!」
「い、いやさすがに可愛すぎ……」
「いいからー!」
と半ば無理やり女子更衣室に連れていかれ、あれよあれよと脱がされた。制服の奪還を試みるも華麗にかわされる。
「さぁ先輩。もうそれを着るしかありませんねグフフ」
ぐぅ……。
「さぁさぁ早く着ないと本番ですよ!」
「くぅ……」
そういうわけで、着た。それはそれは恥ずかしかった。
けど、鏡の前に立ってみると。
しゅ、秀平が好きそう……こういう、何というかガーリー系な格好は。
ファッションへの興味も、秀平と関わるようになってからできた。服を買う時にあいつを考えるようになったからだ。
「あっ、これ……」
名島ちゃんが被る予定だったのだろうか。
彼女の手には白のキャスケット。私の頭より少し大きめのサイズだけど……。
「あ、被ってみます?」
嬉しそうな名島ちゃん。
「うん」
私は勇気を振り絞って、頷いた。
*
さて、フェスが始まり、舞台袖。
緊張しすぎて前の出番の曲なんて全然頭に入らなかった。何だかとかいうバンドが五分くらい歌って奏でて、すぐ私たちの番になった。名島ちゃんが私の肩を叩いた。
「泣いても笑っても、たった一瞬で終わります」
ニカっと笑う名島ちゃん。
「派手にキメましょ!」
さぁ、そういうわけで。
アカペラチーム〈カスミン〉、舞台へ!
*
緊張の舞台の後。
更衣室で制服に着替えた。
まだドキドキしていて、心臓を吐きそうで。
でも不思議と気持ちがよかった。人の前で歌うのがあんなに素敵なことだとは。癖になりそう、とも思った。
しかし悲しいことにもう最後の冬荻祭。
仕方がないとは言え、何だか切なかった。もうこの瞬間は、二度と帰ってこないんだな。そう思うと、舞台を迎えられずこの世を去った真崎さんの無念が胸に迫った。私はそっと唇を噛んだ。
だからだろうか。
秀平から連絡があった時、それはそれはびっくりした。
〈この間はありがとうな。おかげで、助かった。ちゃんとお礼言えてなかったよな〉
そんなこと、いいのに。
しかし続く文面が、私の何かを吹っ飛ばした。
〈話したいことがある〉
続いてこうあった。
〈二階の空き教室来てくれるか。二◯八号室だ〉
さらに。
〈待ってる〉
指定された場所に行った。秀平が見たことない顔で教室の真ん中に立っていた。あいつと目が合う。どちらからともなく、逸らす。
まだ心臓が高鳴っている。鼓動があいつまで聞こえてないか心配になる。
だが私は、拳を握る。
三ヶ嶋ちゃんの、あの笑顔。
毎日がまぶしくて、大切で。なら、私も。
声を出す。
「あのさ、秀平」
わわ……手が震える。
「呼ばれた身で悪いんだけど、私も話があって」
秀平がポカンとした。それから訊ねてくる。
「何だよ」
私は、覚悟を決めた。
「あああああああああああああのっ!」
すると秀平が笑った。
「何だよ」
「わっ、私っ、私ねっ」
ダメだ、声まで震えてる。
「しゅ、しゅうへいが……」
すると、秀平が。
そっと前に出て、私の口を塞いだ。
それからつぶやく。
「やっぱ俺に言わせろ」
また、私を見つめてくる。
「花純のさっきの舞台、すげー良かった」
熱を持った目。少し輝いた目。
「あの曲……『あの夏のオレンジ』、最高だった」
それから秀平は口ずさんだ。
――それがどうなるのか分からなくても
――君への想い溢れるんだ
――どんな形に終わっても
――後悔なんてしたくないから
秀平の歌は上手かった。
私も、びっくりするくらいに。
それから、秀平は続けた。
「後悔なんて、したくねーんだ」
私のことを、真っ直ぐ見つめる、その強いまなざし。
私は射すくめられたように固まった。
それから秀平が口を開く。
「俺さ……」
世界が一瞬、止まった気がした。
了
ツリーハウス殺人事件 飯田太朗 @taroIda
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