七、冬荻祭
冬荻祭 SIDE先崎秀平
「後悔は、するなよ」
あの日。ツリーハウスで。
警官が手際よく動いて新津を連行しようとしていた。その前、たった数秒の時間で。
涙に濡れた新津は、手元を隠された新津は、最後の最後に俺に、まだ形容し難い感情に飲まれている俺に、こう語りかけてきた。
「俺のこの後悔は、一生残り続けるんだろうな。もう二度と、癒えないんだろう」
ボソボソ話す新津に、俺は静かに訊ねた。
「そういやお前、何で俺とコンビを組んで……何で俺にくっついてまで事件を探ろうとしたんだ?」
新津は笑って答えた。
「俺の最大の後悔だったからさ」
俺は黙って新津を見ていた。
「俺は真崎のこと、もっと知りたかったんだ」
新津は切なさそうに笑った。
「死んじまったから……いや、俺が殺しちまったからもう二度と知ることはできない、そう分かったら余計に知りたくなった。だからお前について行った」
おい、先崎。
新津の奴はぐすりと鼻を鳴らしてからつぶやいた。
「後悔は、するなよ。失ってからじゃ、遅いんだぜ」
その言葉は、強く、ハッキリと、俺の胸に刻まれた。
「分かったよ」
俺は分かってもいないのに、そう応えた、気がする。
*
〈よう〉
日曜日の夕方。
銀の字が電話をしてきた。
〈元気ねーのか〉
何だよこいつ察しのいい……。
〈お前らしくないな〉
「うるせー」
〈お前に言われて麻生さんを手伝っていたが〉
真崎殺人の容疑がかけられてすぐ。警察署から帰って真っ先に連絡した銀の字に、俺が頼んでいたことがこれだ。
――花純が事件を調べるって言っててよ。なぁ銀の字頼む。俺の代わりに、花純を助けてやってくれねぇか。
あいつは俺の頼み通り、花純を助けてくれてたってわけだ。
〈事件が解決してよかったじゃないか〉
銀島の言葉に俺は頷く。
「まぁな……」
〈……何か思うところあるのか〉
何も答えられない。
後悔はするなよ。そう言われたのに……新津の奴に俺はそう言われたのに、胸の中では何かが溜まっていた。
後味の悪い澱だ。
〈思うようにやった結果がそれじゃ世話ねーな〉
カチンとくる。
「んだとぉ?」
と、食い掛かりそうになったその時だった。
〈麻生さん、注目されてるぞ〉
「あぁ?」
〈難事件を解決したスーパーガールとして後輩からも同学年の男子からも注目されてる。尊敬の念が恋心に発展するのも時間の問題かもな。と、なると……〉
「うるせぇ」
俺は電話を切った。
花純の奴がモテ期?
まぁ、あいつなら……。
*
そして、冬荻祭が開かれた。
開催はフェスのみ。校舎を利用した模擬店飲食やお化け屋敷なんかもなし。それでもみんな、楽しそうに学祭を過ごしていた。何だかんだ、記憶には残る経験だったのかもな……俺はそう、納得する。
「あっ、しゅーへー」
「秀平くんじゃん!」
「先崎くーんっ」
廊下を歩くと色んな女の子が俺に声をかけてくれた。花純が事件をきっかけにモテ始めたように、俺にも春が来てるのかもしれない。
「先崎お前モテるなぁ」
「そりゃあんだけ活躍したらな」
「かっこいいよなぁ」
不思議なもので、俺は同性からも支持を得るようになった。普段女の子にばっか目を向けていたから分からなかったが、こいつらの人を見る目にも流行り廃りがあるんだろうな。そういう意味では男も女も変わらないもんだ。
そう、俺のこの人気は、どうせ一時的なものだ。
一時的な感傷なんだ。
そう思うとやはり気持ちは晴れなかった。だからフェスが開かれる直前の昼休み。俺は学食で一杯二百円のかけ蕎麦を一人で食っていた。人気になっても飯は一人。むしろこれまでより人が遠くなった気さえする。
そこに、やってきた。
「せんぱぁい! 似合ってますぅ!」
「やめて恥ずかしい……」
「何でですかぁ! せっかく短縮版とは言えフェスが開催されることになったんですから目一杯楽しまないと!」
「で、でも……」
と、目が合った。
いつもの二つ結び。
白くて大きい、キャスケット帽を被っている。左のこめかみ辺りにかわいいリボンまで。
赤いシャツに青の、しかもショート丈のオーバーオール。ハイソックス……つーかタイツ? で細い脚が強調されている。
字面だけ並べると女版マリオみたいだな……でも、実際の見た目は。
そらもう、びっくりするくらい……。
推定マリオの服を着た花純がはわわと震えている。
俺はかけ蕎麦の器を返却すると、その足で花純の元へ行った。それからいつもの、明るくおちゃらけたキャラを作った。
「よぉ、花純」
「しゅしゅしゅしゅしゅ秀平!」
「何だよ、俺じゃ悪いかよ」
なんて、ちょっと影のあるコメントをしちまったが。
俺は正直に、伝えることにした。
だって実際、かわいいしな。
「花純。その服似合っ……」
「ぎゃあああああああああああああ!」
蹴り一閃。俺の脇腹を綺麗に払う。さっき食べたかけ蕎麦を吐きそうだったが……というかちょっと蕎麦が戻ってきたが、俺は綺麗に受け身を取った。これも花純と友人関係を築いてからの賜物だ。
い、言いたいことも言えないこんな世の中じゃ……俺はよろよろと立ち上がる。
「あ、相変わらずで何よりだぜ……」
と、話してて暗くなった。
花純はそうだよな。いつも通りだ。
いつも通りで、いいんだ。
「これから舞台か?」
俺が訊くと近くにいた後輩女子が答えた。
「はいっ! アカペラチーム『カスミン』! 聴きに来てください!」
「カスミン、ね」
花純の奴横でぷるぷる震えていやがる。
「聴きに行くよ」
俺は片手を上げてその場を去った。周りの喧騒、それから花純のあの格好。
何だか俺は、置いていかれてるみたいだ。
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