第五話

「ん…おはよーぉ…あれ。」

次の日、ラニが目を覚ますと隣にいるはずのマリがいない。

(え!?おいおいおいおい!!)

「マリ!!…あ、いた。なんだあ。」

焦ったラニが小屋を飛び出すと…マリは普通に外にいた。

安心すると同時に、ちょっと恥ずかしくなる。


「あ、やっと起きた。実はこの子と遊んであげてたの。」

確かにマリの横には、もう一人幼い子供がいた。

彼は屋根の上に溜まった砂埃に、棒を使って器用に絵を描いている。

「この子近くに同い年の子がいないらしくてさ、遊び相手がいないらしい。」

「そう。だからたまにこの小屋にいる"しんぎのいけ…?"のおにーちゃんやおねーちゃんに遊んでもらうんだ!一日経つとどこかへ行っちゃうから、友達にはなれないけど…。」

「…。」

(oh…)

ラニはそういう話が心から嫌いだ。


「じゃあさ、おねえちゃんが今から友達ねっ!友達って別に何回も遊ばないと慣れないもんじゃないんだよー?」

「本当!?ありがとう!じゃあこれあげる!」

子供はマリが持っていた棒をぶん取ると、ラニに渡してくる。

「あ、ありがとう…。でもそれマリが持ってたんじゃ…。」

「そっちのおねえちゃんには貸してただけ。でもおねえちゃんにはあげるの!」

「えぇ…。」

「ふっ。凄いな、一瞬で懐かれてる。」

「へへん、意外な特技ってやつかな?特技と言えば、おねえちゃん絵がうまくてね。みんなによく画伯画伯って…。」


そうやって遊んでいると、不意に少年のお腹が鳴った。

「あれ、大丈夫?朝ごはん食べたの?」

「食べたよ。クッキー一枚。」

「えっ、それだけ?」

「パパもママも頑張って探してるけど、もうどこに行ってもご飯がないんだって…。」

「無いの?そもそも。」

「うん。」

(どういう事?エネルギーいっぱいで無駄に光らせまくるくらいには余裕があるんじゃないの?)


不憫に思ったラニは、とりあえず何かないかと探す。

「あ、これがあった!昨日マリに取られなかったからね。それどうぞ!」

ラニは過去から持ってきた固形食糧…の、最後の一つをポケットから出して、渡す。


子供は一口口に入れた後、突然目の色を変えたように一気に食べ切る。

「おいしい!!」

「美味しいでしょ!なんせ直接持ってきたやつだからね!味が落ちてるはずがない…あれ、何でここに。」


「そろそろお時間です、迎えに参りました。」

気づくとカボルが数人を連れて迎えに来ていた。

「こら、"神技の生贄"さんに迷惑かけないの!あっちいってなさい!」

カボルはラニとマリの間にいた子供を、わざわざ回り込むようにして追い払う。

「あ、別に迷惑じゃ…」

「儀式の前に必ず必要な者ですので、必ず来てくださいね。」

「はい…。」

(まだ遊んでたかったのに…。)

ラニが伝えようとしたら、食い気味に断られてしまった。


その後、二人は"神の叡智の見学"とかいって中央塔の周りをあちこち見学することになる。

食糧生産設備が水没したけど、神の啓示に従うことで復興できた!バンザイ!みたいな話を散々聞いた。

マリは目を輝かせていたが、ラニは正直どうでも良かった。

ラニは一つ、気づいてしまったからだ。


それから"最後の食事"とやらを食べる。

どうも神の叡智とやらで復活した食糧生産所で作られたものらしい。

(昔の神の叡智による食糧を食べながら中央塔に来て、最後は今の神の叡智による料理を食べる…)

それを食べ、ラニは確信する。


そしてついに塔に向かう事になった時に、ラニは行動を起こすことにした。

「ここから先はお二人のみが入れる場所です。ささ、お気をつけて。」

(これから生贄になる人に気をつけてって何だよ…)

「マリちゃんさ、ちょっと先に塔の入り口に行っててくれない?ちょっと、最後に話したいことがあって…。」

「えっ、今?」

「そう今。」


そう言い残してラニはまっすぐカボルのところへ歩いて行く。

「あれ?どうされました…?」

次の瞬間、ラニは目にも止まらぬ動きで隠し持っていた杖を抜き、カボルの首筋スレスレのところに今にも突き立てるかのように構える。

「なっ…武器は全て回収したはずでは…。」

「いやあ、さっき友達にもらっちゃってねー。さてはお前、"魔法"の知識ほとんど無いな?…っていうかそもそもこれが杖って知ってる?」


「おのれ!こいつをとっ捕まえろ!!」

高らかに言い放ったカボルは周囲を見て愕然とした。

周囲はラニとカボルを除いて全てもやで覆われている。

「残念、隠蔽って魔法だよ。…もやの外から見ても何も起きてないように見えるんだー。ってことでゆっくり話そうーよ。」


ラニは杖を向けたままゆっくり地面に座り、くつろいだ姿勢でカボルを問い詰めはじめる。

「まずさ、そもそも神の叡智とか言ってたけどあの生産施設動いてないよね?」

「何のことですかね?」

「立体映像投射機。」

「…!」

「使ったでしょ?動いてる魚とか豚とか。私そういうの詳しいから分かるんだー。そして極め付けは食事!あれ昨日渡した缶詰じゃん!エネルギーはあるんでしょ?それなのに施設動かせないって啓示とか嘘っぱちだからじゃないの?」

「…違う。」


帰ってきたのは一言。ラニはならばと思いちょっと語気を強めてみる。

「何が違うのさ!現に子供がお腹をすかしてるんだよ?それにあの明かりもだよ!訪問者から見えるところだけ明るくて想定外の駅は真っ暗なんじゃ文明を演出してるだけじゃん!何やってんの?」

と、そこまで言ったところでカボルは一気に反論した。

反論というよりは、心のうちを全部出したような勢いだ。


「違うんだ!啓示はある!あるんだ!あるんだが…!」

カボルは悔げな顔でうめく。

「ダメだったんだよ!神にもたらされる巨大な魔力タンクも啓示の内容も正しいんだ!施設の再建もできた!苗の育て方もわかった!でも最初に蒔く種がない!」

カボルは強く地面を叩く。

最初から積んでいたと最後に気づいた時、人はどれほどの悔しさを感じるのだろうか。

(何だよ…この人いい人じゃん…。)


「結局、私に残されたのは無駄な量のエネルギーだけだった。だから光と演出で発展していると見せかけることで有利に交渉して食べ物を得てきたんだ…。」

カボルに対し、ラニは悩み続けていた。何かと葛藤しているようだ。

最後にラニは一言だけ口に出した。

「…わかった。」

そしてラニは隠蔽を解く。

「わかった?何がだ?」

「マリちゃん、終わった。行こーよ。」

ラニはカボルの呟きには反応せず、そのまま塔に入っていった。


「ラニ、この部屋は何?」

塔に入ると、様々な部屋に様々な装置が所狭しと並べられていた。

ただ、かつてここにいたラニには全ての装置を理解することができる。

「情報を記録する装置が並んでるんだよ。でもこんな所で何を記録しているんだろーね。」

ラニは再起動しようと思い手を伸ばして、あることに気づく。


「あれ…起動してる…?」

ラニが身構えた瞬間、塔の中に声が鳴り響く。

「ラニ、久しぶりだな。」

「その感じ…お前神やってたのか。執念深いな。」

「啓示!?」

一発でスピーカーと見抜いたラニに対してマリは声に跪き、と同時に神の声とラニが会話している事に驚く。


「再会なんかしたく無かったんだけどなぁ…。」

「ラニ…?何?神と会話できてるの?」

「マリちゃん、こいつやっぱり神じゃないよ。こいつ人間。」

「人間…?これが?」


「文明は神をも越える力を手に入れた。それは世界を超越する力。それは生命を超越する力。」

声は呪文のようにつらつらと話し続ける。

「不死…。」

「丁度千年ほど前だ。ラニ、お前は異世界へ逃走しようとした。世界の命運を背負いながら、世界を裏切ったんだ。」


部屋の壁が開く。奥には装置が壁一面に並べられ、中央に光のかたまりが見える。

("門"…。もう一度起動したのか…。)

「でもさあ、私は命運なんか背負った覚え無いんだけどな。私は私のために生きるだけ…通してよ、"門"に入らなきゃ。この世界に危害を加える気は無いからあとは好きにすればいいじゃん。」


「成長が感じられないな、自己中心的な奴め。それに気づいた私はお前を辛うじてこの世界に繋ぎ止めることに成功した。その後様々な仲間と融合し、不死となったのだ。我々は待った。我々は集めた。我々は導いた。我々は悔いた。我々は成長した。時の中で信念の元我々は発狂を抑え続け、我々は文明の意思となった。」

声は音量を上げ、説得するように言葉を続ける。

「"門"を操れるのはお前だけだ。この"門"より様々なものを取り出し続け、文明を取り戻すことを文明の意思となった我々全てと、今この世界に暮らす物達が望んでいる。そこの生贄の少女だってそうだ。そうだろう?」


マリは悩んだ末、自分の望みを言う。

「ごめんラニ、その"門"が私たちの生存に必要なら、それを動かすのが私の存在意義だ。だからお願い。」

「それでも、嫌だね。」

「何で!!」

マリが拳を振るう。ラニは無言で受ける。


「人は信念を持っている。世界のために生きるのも、他人のために生きるのも、自分のために生きるのもそうだ。それはどう説得しようが何を言おうが分かり合えない。だけど分かり合えないからこそ、考え方が違うからこそ世界は補完し合って動くんだ。だから私の信念に基づいた行動にも意味がある。そうだよね?」

次の瞬間、ラニは杖を振るうと魔法を複数展開。一気に"門"へと走る。

加速、疾走、無効化、防壁、透過。対するは銃撃、減速、炎弾、妨害…。

死闘は一瞬で終わった。ラニが門を開いたのだ。


「勝っちゃった。私って強いんだね。」

「クソッ!」

閃光。と、同時にラニは転移したかに思われた。

しかし、ラニは消えていなかった。それどころか門に手を入れ、何かを取り出そうとしている。


「…ところで信念とかじゃ無いけど、泥船を降りる前に一つだけ置き土産をしてもいいなって思ったんだ。やってもどうせ私に害はない。」

「一つだけ…?」

「この"門"は永久に何でも取り出せる。だけどこの方法は他の世界からの略奪だ。つまり負の側面。復興の最初っから負の側面なんか持ってたらすぐそこが肥大化して耐えきれなくなっちゃう…。だから私はきっかけを与えるだけだ。」


そこまで言って、ラニは門に入れた手を抜く。

様々な木の苗木や、色々な種たちがラニに握られていた。

「この世界における"詰み"を取り払う。…ってことで今は絶滅しちゃった、植物ー!しかも育てれば食べられて、私の好物なものだけ!」

「おおっ!でもあれほどこの世界を嫌っていたのにどうして急に…。」

「考えたんだよ。文明が滅んでも争いや不条理はなくならなかった。だけどそれの大元は、誰かの生きたいという意志なんだ。今なら食料を手に入れる事であって全てが満たされてから起きた、馬鹿らしい見栄の張り合いじゃ無い。」


「いろんな人がいろんな問題を勝手にあげてた昔と違って。今の問題は"食料がない"が根本だ。だからそこだけ解決することで、ドミノ倒しのように良くなって行く。それだけの環境に今はなっている…ような気がする。まあこの辺はみんなのお手並み拝見だね。私はこれ以上は深く関わらないからさ。」

色々な信念をもつ人がいても、今はそれが偶然か必然かうまいこと重なってるような気がするのだ。


「関わらない…異世界、やっぱり行くのか?」

「私の信念は"私のために生きる"だから世界が丸ごと泥舟に包まれちゃぁ世界ごと逃げるしか無いって事だったんだ。だけど、今は村とかそれくらいの単位の小さな泥舟みたいなのが点々としてるだけ!ってことで旅してみるんだ!どこかにいい船があるかもしれないからね。」

「気楽だな。」

「そーゆー信念だから。ここの泥舟も、これをきっかけに復活するかもしれないし、さらに沈むかもしれない。そーゆーのを外から見て、気ままに帰ってこれるってすっごい自由だと思わない?」

「いや、村を安定させないと。どんなに自由を装っても、食料って制約はあるんだぞ?」

「まあマリちゃんならそう言うよね。私は私なりに好きにするよ。二人もそうしたら?せっかく苗木もあるんだしさ。」


「そうだ、私まずは村に帰らないと。私の村に希望を託さないと、生贄になった意味がないからね。」

「あー、じゃあまずはそれついて行っていい?その次は…海外かな!昔行った時は敵だったんだけど、武器がぶっ飛んだのばっかでね。だからきっと行けば文化もぶっ飛び…」

二人はいくつかの苗木や種を持って、のんびりと歩いていった。

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終わりが始まる前に、逃げ出しませんか ふわふわでもこもこ @ri-esan

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