第四話
列車ははいつの間にか地上へと出ていた。
すでに日が暮れてしまっていたため、地下と同じように暗いままだが、月明かりのおかげで所狭しと並ぶ建物の輪郭をうっすらと見る事ができる。
「あれ、水没してる…。」
特筆すべき点は、都市の中心部付近は地下だけでなく地上までも水が溜まり、水没していると言う点だ。
「中央塔の装置とか大丈夫なのかなー?水ダメだった気もするんだけどなー?」
因みに列車は走れるのかというと、途中から線路が高架になったたため、むしろ線路は水面より上を通っていたりする。
やがて列車は都市の中心に近づくにつれて高くなっていくビル群へと差し掛かった。
列車はビルとビルの隙間を縫うようにぐねぐねと曲がりながら進んでいく。
列車が鉄橋を渡るけたたましい音が、静かなかつてのビル街に響き渡る。
「おぉおお…こんなに塔がいっぱい…。」
「これビルだけどねー。でも中央塔はもっとすごいよ?」
と、何かに気づいたように、マリが窓の外の一点を指差す。
「…あれ?あのビル光ってない?」
マリが指差す先にあるビルは、確かに明らかに月明かりよりも強く光って見える。
「…いやー、あれは違うな。反射してるだけ…ほら、外側全部ガラスだからさ。」
「え、じゃあ元の光源はどこに…?」
「あー、確かに…。」
その時、列車は最後のカーブを曲がり切りってビル群を抜けた。周囲に所狭しと建っていたビルが一気になくなる。
背の低い建物が水面から少しだし…その上に明かりが灯っている。
更に中心には巨大な塔。これまで見たビル達よりも圧倒的な高さに太さを誇り、こっちもも下の方には明かりが見える。室内灯だろうか?
「ここだけ全部光ってる…。」
「まじか、これは予想外…。」
とにかく光源の数が多い、そしてどれも明るい。
それも地面に影一つ落ちていないほどに…いや、影はあった。
「すごい…。これが旧文明の景色なのか…。」
「いや、魔力は生物しか生み出せないし流石にこんな無駄遣いはしてなかったんだけどなあ?中心部は独立して運用できるように重要施設が集中してる…って聞いてたけどさー。流石にこの年数保たせるのは無理だよ。どーなってんだ…?」
「神からの叡智の産物に決まってるでしょ!それにこれって旧文明の明るさを上回ったってこと!?中央塔はすでにここまで復興してたなんて凄い!!」
「流石に違うと思うけどなぁ…見れば見るほど無駄が多いし。あれとか何であそこにつけたんだよ…。」
ラニが指差す先の屋根の上や壁面などに、何処かから持ってきたであろう街灯が増設していたりする。
「住民が水没した後もここに暮らせるようにそうしたんでしょ。あそことかみたいに。」
マリが指差すのは更に下の水面付近。
おそらく元廃材の金属板が水面に浮かぶように規則正しく並べて固定されており、その上では驚いた様子で何かを言い合っている住民が見える…明らかに通路だ。
そして増築された街灯はそこを狙うかのように光を落としている。
「そんなもんかなー?とりあえず、早く人に会ってみたい…。」
「そうだね。」
列車が終点である中央塔駅へ迫ると、自動的にブレーキがかかってやがて停車する。
二人は扉を開けると、ホームへと降り立つ。
「うわっ!暗っ!あんなに明るいんじゃ無かったの!?」
車両から降りたラニは当然車体からも手を離した。
列車の明かりが消えると、途端にホームは真っ暗になる。
「あれじゃない?この辺は倉庫だから…。」
「本当だ。色々あるね。」
ホームの半分くらいを埋め尽くすように廃材や鉄板、何かが入った箱などが積まれている。
二人がどっち行けばいいんだろうなどと会話していると、階段の方から足音が聞こえてきた。
「あ、誰か来たみたい。」
「…!銃ちゃんと持ってる?」
ラニはいつでも魔力を流せるよう、再び列車の車体に触れる。
「…いや、流石に迎えの人でしょ。」
登ってきたのは複数人の住民だった。
その中心にいる一人の男性が前に出てきて、歓迎の言葉を述べる。
「中央塔へようこそ。私はカボル、主に訪問者の対応を担当しています。それであなた達は旅人ですか?使者ですか?それとも"神技の生贄"ですか?」
「はい。私は東の端にある村から来た"神技の生贄"です。」
「これはこれは、歓迎いたします。ところで一つ伺いたいのですが、"神技の生贄"は一年につき一人が基本では?それにその列車…どうやって動かされたのです?」
「実は彼女も別の村の"神技の生贄"なんです。道中偶然出会ったのですが、中央塔との貿易で頂いた魔力タンクを保有しているようなので同行することにしました。この列車はそれで動かしています。」
「なるほど、構いません。ただ、"神技の生贄"が同時に到着することがあまり無いため、儀式も一回で二人分と言った形になりますが…。」
「それで良いです。」
ラニが様子を伺っている間、マリはどんどんと話を進めていく。
「ってちょっと!私生贄じゃ無いじゃん!」
「話がややこしくなるでしょ!塔に行きたいなら合わせて!」
カボルに聞こえないよう、二人は小声で話をする。
(別に私の身分は旅人でも良くないか?)
と思いつつも、ラニは取り敢えず合わせることにする。
「では、本日はお疲れでしょうからお部屋にご案内しましょう。こちらの都合により一つしかご用意できないのが申し訳ないですが…。」
ということで、私たちは部屋に案内された。
部屋というよりは、大きめの工場の屋根の上に建てられた小屋だが、他の住民が水没していない二階部分の壁を無理矢理壊してそこから出入りして暮らしているのを考えると、かなり豪華なのだろう。
と、立ち去ろうとしたカボルが、最後にこんなことを言い出した。
「では、最後に貢物を。祭壇は早めに作る必要があるので、今のうちにお預かりいたします。」
「はい、"道中で集めた旧文明の遺物、あるいは旧文明食糧"でしたよね?それから神への非武装を宣言するために武器も…と。」
マリは最初に出会った時にラニが動かしてあげた複数の魔道具と、自身の銃を渡す。
(あの魔道具ってこんな意味があったんだ…あれ?)
「もう一人が…あ。…ちょっと待っててもらってもいいですか?」
マリは何かを探すように周囲を確認すると、何かを思い出したかのようにラニの袋に手を伸ばし、中の缶詰をカボルに渡す。
「あ、あとこっちが彼女の武器です。」
「武器…失礼ですがこれ、缶切りでは?」
「…よく見てくださいよ、この絵の紋様と素材を。これは立派な旧文明の短剣です…だよね?」
マリがラニに目配せする。話を合わせろという事だろう。
「あ、はい…。」
「そうですか。それでは失礼致します。」
カボルが扉を閉め切ると、マリが安堵のため息をつく。
「危なかった。ラニの分の貢物とか忘れてたよ。」
「ちょっと!あれ夜食にしようと思ってたのに!それとあの人胡散臭いよ!武器なんか渡して良かったの?」
「ここまで来たら後は明日生贄になるだけ…。今私たちを今殺す理由なんかないよ。それにラニは百倍の戦力なんでしょ?…ね?」
「そ、そーだけどさぁ…。」
「そんな事より今日はもう寝よ。明日は忙しくなるから。」
(忙しく…ねえ。)
「おっ、ベッド柔らかい。こんなの久しぶりだよ…。」
奴隷同然の扱いを受けていたラニは、旧文明にいた頃も滅多にベッドで寝ることはできなかった。
マリも旅の間は、ずっと野宿だったのだろう。
「でもこの部屋一人用だな。ベッドも一つだ…。」
「いーじゃんいーじゃん!」
(どうせ最後なんだから…。)
外の無駄に眩しい光をカーテンで遮ると、二人でベッドに潜り込む。
「…結構狭いな。」
「運びやすい、野戦病院の小型のを使ったのかもね。」
「ラニ…あたたかいな。」
「そうだね…。」
しばらくすると、ラニは隣からマリの寝息が聞こえることに気づく。
マリはもう寝てしまったようだ。ただラニは元々寝つきが悪い。
だから寝る前は、色々と考えてしまう。
(あったかい…でもマリちゃんも明日は生贄…要するに自殺しちゃうんだよな…。)
転移に失敗してからこういう人の温もりや綺麗な景色なんかを感んじているとこの世界にはまだ希望があるし、本当は泥舟ではないんだとそう思えてくる。
が、生贄についてとか旧文明の名残なんかを見ると、それとは真逆の作用が働く。
(カボルってやつ胡散臭いし神もどうだかわからないな…でもこの無駄な光は確かに本者…どうやってるんだろう…。)
ラニはその後も一人でうだうだと考えていたが、温もりに誘われてか気ずけばラニは眠っていた
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