第三話

「うあ゛ー…思えばこの都市無駄にデカいから中央塔までかなり距離があるよぉ…。本当にこれ全部歩いて行くの…?」

出発してから数時間、普段運動なんかしてこなかったラニは早くも音を上げようとしていた。

「当たり前だろ。それが私たち"神技の生贄"…ああ、ラニは違ったか…の使命だもん。」

「ふーん。そりゃすごーい。」

ラニの興味なさそうな返事にマリは少しむっとする。

「どうして分からないかなあ…まあでもこの辺は穴と瓦礫だらけで歩きづらくはあるけど。」

道路はめちゃくちゃに波打ち、その上から崩れた建物の瓦礫が覆い被さっている。

それを一つ一つ乗り越える必要が有る為、非常に体力を消耗するのだ。


「戦争の結果ってやつだよ…あーもうほんと迷惑。」

「ここは激戦地だったんだろうな。武器の残骸もいっぱいある。」

「あ、そうだマリちゃんってさ。戦争ってのについてどんくらい知ってるの?」

記録も本も失なわれたこの世界で、今の歴史を伝える手段は口伝のみだろう。


「そうだな、頑張って残してきたんだろうね。それっぽい話は結構あるよ。ほとんどおとぎ話だったけど…。」

「おとぎ話かあ。確かに昔から変わらずに伝わっていくよね。そーゆーの案外実話そのまんまだったりー?」

「例えば…えっと自分の体を鍛える事に命をかけてる人がキメラ…ああ、よくいる化け物みたいなやつね。とにかく神が作った最強の生き物に近づこうとそれこそなんでもするんだ。その時に傍若無人にやりすぎちゃったせいで最後は自分もキメラになっちゃうって話…。」


(え…あ、ふーん。)

「改造人間と生物兵器…最終的には前者が後者の材料に…。」

ラニは話からなんとなく元ネタを察し、ポツリと呟く。

(えげつない話がマイルドになってる…これじゃあラニが旧文明を神聖視しても、違和感はないよな。)

「ん?何か言った?」

「なんでもないよ。でも神かぁ…確か旧文明の叡智は人類が神と共に築き上げた…って話だっけ?」

「そうそう。おとぎ話も神に愛想を尽かされた人類が驕って、そのまま自滅するのがよくあるパターン。」


(神なんか今も昔も見た事ないけどなぁ)

物語を単純にするためかな。なんて考えてみる。

神が善で、人が悪だ。実にわかりやすい。

「にしても今の子供達ってそんなの聞かされて寝かしつけとかされるのかな…ってうわああああああ!!!ええええええ!?!?」


あまりにも唐突だった。ラニの真横の壁を破壊しながら、化け物が現れる。

あまりに驚いたラニが大声を出したことで相手はさらに凶暴化、まっすぐ襲ってくる。

(気配全くしなかったぞ!?壁越しで見つけて壁貫通して攻撃してくるとかズルだよズル!!)


「でも大丈夫!あのタイプは知ってる!!」

ラニは素早く地面に触れ、魔力を流し込む。

(接続…再起動…ああっ!エラーってなんだよ!!)

「駄目だ!この辺破壊箇所が多くてまともに動かせないよ!」

「お前っ!百倍の戦力じゃなかったのかよ!じゃあこれだけ教えて!あいつの弱点ってどこなの!?」

「あーゆーのは大体こめかみ!それか胸のど真ん中!」

「了解!撃ったら同時に走るよ!」

発砲。正確に命中した魔弾は化け物を転倒させ…なかった。

弱点を突かれたにも関わらず、化け物は物ともせずに迫ってくる。


「ってええ!?そういうのは良くないって!ねーえ!!」

「っ!?逃げきれない!?」

(何か…何か無い!?…そうだ!)

ラニは必死に周囲の物資や地形、それに昔の看板から助かる方法を探す。

「マリちゃん!そこのシャッターを銃で撃って!早く!」

「あれ!?あんなんどうするの!?」

「いいから早く!!」

発砲。命中した魔弾はその封入魔法により爆発し、シャッターに大穴を開ける。


「よし!飛び込むよぉお!!」

二人は開口部から強引に中に入る。

中は暗くとも下へ続く階段があり、それを転がり落ちるかのように駆け降りる。

「うわぁあ!ここ水浸しなの!?」

「大丈夫我慢して!そしてこれだああ!!」

ラニは壁に触れると同時に取り付けられた赤いスイッチを叩く。

けたたましい非常ベルの音と同時に内側のシャッターが閉まった。

直後に化け物がシャッターにぶつかる音が空間に響き渡る。分断成功だ。

(防火扉が頑丈で良かったー。文明の技術力に感謝だよ。)


「やっと諦めたみたい…ん?」

マリが胸を撫で下ろすと、地下空間に取り付けられた照明が点灯しはじめた。

「おー、水没してても機能は残ってら。排水管でも詰まったのかな。」

「これは…?」

明かりの点灯によってここが旧文明の地下道であるとマリも気づく。

地上と比べて損傷の度合いが低く、水が溜まっていることを除いてほぼ当時のそのままだ。


「旧文明の重要インフラ地下鉄道!こんなのが都市全体に網のように張り巡らされてるんだ…シャッター下ろした入り口は目立たないから、誰も漁りに来なかったんだねー。」

おそらく駅の売店であったであろう棚から缶詰を取り、袋に詰めながらラニは言う。

「インフラ?地下鉄?」

「行けば分かるよ!そりゃもうすごい早いんだから!ついてきて!」

「早いのはお前だろ。危ないぞ…。」

バシャバシャと水飛沫を立てながら走っていくラニを、マリは転ばないようにゆっくり慎重に足を動かしながら追いかける。


そうして一番奥まで辿り着くと、ラニは壁から手を離し、代わりに車体に魔力を流し込む。

地下道の明かりが消え、代わりに列車の車内等や行き先表示版なんかが点灯する。

「これが列車だよ。これに乗れば徒歩より快適に、転移陣より確実に目的地まで行けるよ。」

「こんなに大きなのが!?流石にこの水流じゃ重すぎて流れないと思うんだけど…。」

そう言ってマリは線路を覗き込む。

少し高さの低い線路上には水が大量に流れ込んでおり、まるで川の様になっている。


「違う違う、これそのものが動くの。旧文明の機関はすごいからね。」

「本当!?こんなに大きいものが、幾つも繋がってるのに…。」

心なしかマリの目が輝き始める。

「そうそう!これこそ旧文明の技術だよ!マリちゃんが好きなやつ!さあさあ乗った乗った!」


ラニが解錠と呟くと、長い間動いてなかった扉がガタガタと引っ掛かりながら開く。

二人は一番先頭の車両まで行き、運転台に乗り込んだ。

椅子は二つ設置されており、マリはラニに促されるまま左のに座る。

運転台は一本のレバーが付いただけというシンプルなもの。

しかしラニが触れると極小の魔法陣や計器類などが浮かび上がる。空間画像投影だ。


「発車しまーす、閉まるドアにご注意くださーい。あ、そこのレバー倒して。」

マリが目の前のレバーを操作すると、列車は独特な機関音と共にゆっくり動き出した。

流水に逆らってかき分けるように進み、どんどん加速していく。

「すごい…本当に動くのか…。」

「なんか船みたいになってるけどね。」


地下鉄のトンネルは意外と浅いところにあったのか、天井が崩れて空から光が直接差し込んでいる箇所も多い。

空の青とやたらと透き通った流水。それから角度が良くなった時に電車が立てる水しぶきの中に一瞬だけ見える虹。

「綺麗だ…。」

「そーだね。流石にこれは私も見た事無いや。」

瓦礫が線路を塞いでいる可能性は特に考えない事にした。

美しい景色というものを見ると、細かい事が全てどうでも良くなってくる事がある。

その度にラニは"景色如きで解決した気になるな!"と言い聞かしてきたが、今更そうするまでもないだろう。

崩れた箇所が無くなり、再び真っ暗な空間を進むようになるまで、ただ何もせず景色を楽しんだ。

途中駅で停車する必要なんてないため、気付けば列車は最高速に達している。

終着駅まで行けば自動で緊急停車してくれるので、あとは待つだけだ。

(ただ、これほどの速さだと揺れが椅子を通して)


「…あれ、そっちの椅子何かついてない?」

マリの興奮もひと段落した所で、マリががラニの椅子が自分のそれと明らかに違うことに気づいた。

「あ、これ?これ拘束具ー。」

ラニは当たり前のように答える。

「え…なんで椅子に拘束具付いてるの?」


「ああ、これ?聞く?"魔力タンク"が座る場所だよ。無理矢理魔力をぶんどる用のだね。」

「え?魔力タンク?なんでタンクに椅子が…?」

マリが自分の銃についているタンクを見せると、ラニは首を振る。

「旧文明にそれないんだよねー。実は。」

「えっ。」

「だからさ、旧文明の"魔力タンク"ってそのまま生身の人間なんだよ…旧文明の技術がすごいってのはわかるし、その通りだと私も思ってる。でもどんな物にも負の側面があるし、特にこれは本当にやばくてドス黒いんだよ。例えば…」


ラニは話をするために記憶を探る…が、すぐにやめる。

「いや、やめとこう。好き好んで話すようなもんじゃない。」

「ええっ。気になるところで。」

「だってさー、物語じゃ無いんだよ?救いとか無いし聞いてる側も話す側も嫌な気持ちになるんだからどっちも得しないって!世界ももうここまでだから後世に残す意味もないし?」

「世界はここまでじゃないよ!その為に私は今こうしているの!」

「あ…ごめん、そうだったね。」

「人間はその前の時代を知る事で同じ過ちを繰り返さないようにしているんだよ!だから嫌な記憶でも残してきたんだ!それをお前は…!」


「分かるよ。でもあるか分からない未来の為に頑張るんじゃなくて、今確実に存在してる私たちのことも考えないと。」

「その未来を何としてでも作るのが、私の役目なんだよ。」

「だよね…そう言う気がしてた。」

二人は協力して同じ場所を目指そうとしている…それは今後も変わらないのだが、考え方の面では決して相容れないことがあると、つくづく思い知らされる。

ただ、そのまま争うなんてことはない。別れることもない。

これは他に誰もいないと言う状況が生み出した、奇跡のような状況なのだろうか。それとも…


と、そこでさっきまでどうにかして過去のことを聞き出そうとしていたマリが、急にしゅんとする。

「あ…でも私ももう生贄になるから、伝えられないのか…。」

マリは色々考えた結果、悲しい事実に辿り着いていた。

「生贄…やめたら?」

「やめない。私がみんなに残すべきものは、ラニの記憶じゃなかったってだけだから。」

「そっか…。」

車内はしばらく沈黙した重苦しい空気に包まれる。ラニが一番嫌いなやつだ。

「あ゛ーっ!せっかく話さない選択したのに何で嫌な気持ちにならなきゃいけないんだ!マリちゃん景色見よ!景色!」

列車ははいつの間にか地上へと出ていた。

日は暮れていたものの、列車のライトと月明かりが沈黙した街を照らす。

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