第二話

「なんかお腹すいたね。」

やがて二人は持っていた棒状の固形保存食を取り出し、袋を開けて食べ始める。

「そうだな。緊張して疲れた…。」

「…あ、それおんなじ味のじゃん!これ美味しいよねー。」

「本当だ。でも味なんかそんなにわかるか?にしてもお前の方が袋もキラキラしてるし綺麗だな。」

「確かに!あたりってことかもねー!」


ラニは口では適当を言いながらも、今の世界の状況を把握するのにおいて大分考察ができそうな情報だと思った。

(同じレシピの新品じゃ無くて旧文明の遺物か…。つまり製造技術は失われている…。今の人類自力で食糧作れないのかな?)

まあどうでもいいかなどと考えながら、ラニは残りを一気に口に放り込む。


「えっとラニ…だったっけ?私はマリ。苗字は無くて、ただのマリ。」

お腹いっぱいで落ち着いたのか、マリが自己紹介をしてきた。

ラニは世界の現状について知るチャンスだと思い、世間話を持ちかけてみる。

(情報は現地人からだね。これ基本。)

「お、奇遇だねぇ。私も苗字ないよ。マリちゃん一人って事はもう生存者の村とかすら無いのかな。」

苗字は自身の所属を表す。

家族単位だったり、村単位だったり、国単位だったり。ラニにもいくつか付いていたが、嫌気がさして名乗るのをやめた。

「ラニが村探してるならずっと東にまだあるよ。丸いタンクが並んでるとこ。私は掟に従ってそこから出てきたの。」

(えっと…ああ、軍用の巨大食料貯蔵庫があったな。さっき食べてたのもそこのか。)

軍事施設の場所はいやというほど教え込まれた。備蓄は多い方だしそこを中心に栄えるのも頷ける。

「掟…やらかして追い出されちゃった?」

「違う、自分の意思。そう言うラニこそ追い出されたんじゃないの?どこから来たんだよ。」


ラニは少し考え、そして結局特に隠さずにそそのまま言うことにした。

「過去、かな。具体的にいうならと旧文明末期の崩壊ギリギリのとこ。」

二人の間に沈黙が流れる。

「……え?本気で言ってる?」

鳩が豆鉄砲食らった様な顔のまま、マリはかろうじてそう呟く。

「本気本気。その証拠に私都市の再起動権限とか持ってるし?なんならこんなこともできる。」

そう言いながらラニは街灯に魔力を流し、チカチカと点滅させる。


「そうだったのか…でもやった!遺物はまだ動くんだ!」

突然マリが様子を一変させ、目を輝かせる。

「まあ、頑丈に作られてるから…どしたの急に?」

「私ね、旧文明を復旧させるのが夢なの!これだけの技術と叡智が消えるのみなのは悲しいからね?…でもまさかそのまま動かすなんて発想があったなんて!すごい!」

ラニは若干早口で捲し立てるマリの圧に押され、若干しどろもどろになる。

「そ、そっか…。」

「そうだ!ねえ、私が集めてきたコレクション全部に魔力流して見てよ!用途はわからなかったけど多分面白い動きをすると思うんだ!!」

「えぇ…本気?」

旧文明に散々嫌な思いをさせられてきたラニは複雑な少し気持ちになった。

それでもマリのリクエストには全て答えはしたが。


「よし、じゃあそろそろ私は行こうかな。ありがとう!」

しばらくしてようやく保存食を食べ切ったマリは、荷物をまとめて立ち上がる。

「へー、ここからどこに行くの?」

「西。昔チュウオウトウって呼ばれてた一番でかい塔があるらしいんだ。私は"神技の生贄"だからね。」

「生贄?なんか不穏な響き。」

(それに中央塔って"門"開けたとこじゃん…。)

「旧文明の技術は神と人類が築き上げた最強の力。神に願うことでその一端を復活させるのが私の存在意義なんだ。」

(宗教…私が知るどれとも違うな。終末への恐怖から生まれたのか…?)

「うん、実に興味深い。」

それは世界の状況判断とはまた違う、単なる好奇心だった。

ラニは身支度を済ませて既に立ち上がっていたが、それを聞いて元いた瓦礫に座り直す。


「え…?何それ、もっと話せって事?」

「おーねーがーいー、気になるよー。」

マリは軽いため息を吐き再び瓦礫に腰掛ける。

「まあ、そこまで急いでるわけじゃないからいいけどさ。」

「やった!」

マリは一つひとつ、丁寧に教えてくれた。ぶっ飛んだ思想を。


「なるべく魔力を多く有する者が村と離れ、旧文明の食べ物を食べ、旧文明に触れ、塔まで行って自らを贄として捧げる。その代償によって人類が神が制限を課したかつての叡智を取り戻す為に…それが"神技の生贄"。」

(えぇ…そんなの聞いたこともない…非道い思想にも程がある…。)

ラニにとっては"神と人類が築き上げた"の時点で正面から否定できる。

ラニは少女に生け贄の道を歩かせる宗教に、憤りを感じていた。

同時に、マリにまで自殺同然の行為をさせてたまるかと言う思いもある。


「でもさ、生贄ってぶっちゃけ自殺しながら願いを言う様な者でしょ?願いが叶っても自分が死んでるんじゃ、意味なくない?」

「私がやらなくても他の誰かが同じ事をする。問題は私の命より、残るみんながどうなるかなんだ。明日を生きれるかわからない私一人の命を渋っても、いずれは全てが倒れるだけ。」

「そう…なのかな?」

「そうさ。」

ラニは今の村の様子も、その緊迫感も、知らないし想像もできない。

だからなのかそれでもなのか、全く腑に落ちずにいた。


「そもそもさ、啓示っていうのも幾らでも偽装できる技術を私は知ってるんだよ。だからそれって…」

「…違う!論点はそこじゃないんだ。」

「えっ。」

突然マリに遮られ、ラニは驚く。

「毎年各地から一人ずつ塔に送られる。すると過酷な世界を生き抜くため、旧文明の叡智の僅かな欠片がみんなに啓示されるんだ。それを使って残ったみんなはなんとか食い繋いでいる。それは事実だ。」

流石にラニも言い返せなかった。

そこまで実際にするなら、神でなくとも崇められて当然だろう。

「でも随分と小出しななんだね。一つの問題が解決したくらいじゃまたすぐ別のが…。」

「そう!そうなんだよ!だからこそ私こそは!」

突然マリが声を張り立たせる。


「…こそは?」

「これで終わりにするんだ!啓示をしてるのが神なのか人間なのかなんなのか知らないけど、叡智や技術の全てを知ってるのは確かだ。だから私がなんとしてでも聞き出す!旧文明を完全復活させて全ての問題を解決するんだ!」

そう高らかに宣言したマリは、明らかに輝いていた。

「今までの生贄も全部、それが理想だったはずじゃん?でも無理だった。」

「そうだろうがなんだろうがやってみせるよ。だってそれが私の存在意義と生き甲斐になっちゃったんだもん。しょうがないよ。」

「自分が死んでも?」

「もちろん。」

ラニはマリのその言葉に、洗脳なんかとはまた違う確固たる信念を感じ取った。

同時に説得は無理だと悟る。

「そっか…。それがマリの望みなら良いけどさ…でも…!」

ラニはやはりモヤモヤしていた。


(旧文明の爪痕があらぬ角度から悪影響を及ぼしてるなぁ。やはりこの世界の時点で、どこまでいっても平穏は訪れないのかもしれない。)

そしてラニはもう一度"門"をくぐると心に決めた。

今度こそ、世界そのものを変えて泥舟から逃げ出してやる…そう胸に誓いながら。


「よし。じゃあ、そろそろ行くよ。」

「うん、そーしよっか。」

二人は立ち上がると、同じ方向に歩き出す。

「…なんで付いてくるの。」

「行き先が同じだけだよ。だったらわざわざ別行動する意味もないじゃん?」

「ふうん…もしかしてお前も"神技の生贄"?」

「違う違う。昔から言うでしょ?旅は道連れってさ。」


「じゃあさ、ラニって強いのか?」

「大丈夫!一般人の百倍の魔力ってことは一般人の百倍戦力になれるよ!!」

ドヤ顔をするラニに対し、マリはフッと笑って歩き出す。

「じゃあ、別に断る理由もないな。」

「よし!しゅっぱーつ!!」

こうして全然違う目的を持ったまま、二人は同じ目的地へと歩き始めた。

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