終わりが始まる前に、逃げ出しませんか

ふわふわでもこもこ

第一話

高度な発展と進化を遂げ、極点に到達した魔法文明。その中心。

技術の全てが詰めこまれ、神の力に匹敵するとも評されたその塔を一人の少女…ラニが操っていた。

神の力に匹敵する技術とは即ち、"異世界との接続"である。

無数に存在する、並行世界。

世界を隔てる壁の突破は神にのみ行える所業とされてきたが、人類がひたすら積み上げてきた知識とラニというかつての誰よりも優れた魔力操作能力を有したたった一人の少女によって、実現されようとしていた。


「エネルギー反応を検知…接続準備…。」

壁一面の装置はラニの流す魔力と命令を受け取ると、すぐさまそれに従う。

「早くしろ!"魔力タンク"は残り半分を切った。なんとしてでも今日中に開通させるんだ!」

そしてそのラニに命令をする軍人が一人。

魔力式の銃を構え、銃口をラニに向けている。


極点に達した文明が行き着いた先は、結局のところ戦争だった。

きっかけや双方の思想、事情や信念などはどうでもいい。

双方が世界の終焉を理解したにも関わらず、誰も止まることができなかった事のみが確かだ。

そして長き戦いで世界は完全に疲弊し、資源もエネルギーもさらには技術力までも枯渇した人類は、それを異なる世界から奪い取ることにしたのだ。


「おおっ!!」

「開通したぞ!!」

中央部に"門"が形成される。時間も空間も世界の壁も、あらゆるものを歪める"門"だ。

このまま開通させれば向こうから様々なものが送られてくる筈だ。

「よし。小隊はパイプを接続…」

指揮官が次の命令を出そうとしたその時だった。


「そろそろ…やるか!」

「ん?おい!止まれ!」

大人しく従うのみだったラニが、突然"門"目掛けて走り出した。

柵を飛び越し、直接"門"に触れる。

「貴様どういうつもりだ!」

指揮官が発砲するが、開きかけた"門"はすでに空間を歪めていた。

銃から放たれる魔弾も、杖から放たれる魔弾も、ラニには命中せずにあらぬ方向へ飛んでいく。


「どういうつもりも何も…向こうからこっちにいろんなものを受け取る"門"をこっちから向こうに送れる"門"にするだけだよ。んで私が入る。世界丸ごとから逃げ出す最高の闘争劇ってこと!完璧でしょ?」

指揮官達の知る、従順で扱いやすいラニはもはやいなかった。

むしろ奴隷同然の生活の中で形成された仮面をようやく捨てた、ラニ本来の性格とも言える。


「戻れ!祖国を裏切る気か!?」

「あのさー、裏切るとかないよ?もうどこにも属さない事にしたもん。身分で敵と思われるのも、味方と思われるのもまっぴらごめんだね。それにちょっと設備と装置を借りるだけ。終わったら全部返すからあとは勝手にどうぞー。」

「お前の両親は奴らに嬲殺されたのだぞ!?彼らの無念を無下にするのか!?」

「そりゃぁ私にだって戦うべき理由も戦う理由もあるのかもしれないよ?っていうか一応ある。でも世界そのものが泥舟じゃ、復讐果たしても沈むだけじゃん?そゆ事ー。」

指揮官の命令も説得も、ラニはまるで雑談かの様に軽くいなす。そして"門"に手をかける。


「おのれ!かくなる上は…!」

指揮官はラニを直接引き摺り出そうとラニの体に手を伸ばす。が、すでに遅かった。

「じゃあそーゆーことでー。さよーならー……」

準備の完了したラニは門の中に身体を滑り込ませる。

次の瞬間、全ての装置が作動してラニは閃光に包まれる。

全てが終わった後、塔の中にはラニも門も痕跡すら残っていなかった。





「…あれ。」

見覚えのある景色がそこにあった。

(転移失敗!?いや違うな。建物があまりにもボロボロすぎる…。)

かつて煌びやかな光に包まれた都市の灯は全て消え、壁一面に展開されていた魔法陣も一つも残っていない。

もっともラニが見てきた戦闘で破壊された区画もこんな感じではあるが、ここは"破壊"よりも"風化"を感じる。

(たまたま全く同じ見た目かつ、人だけいなくなった異世界…ってセンは薄いよな。とするとここは同じ世界の未来の姿…。)

"門"はあらゆるものを歪めるが故に、非常に不安定だった。

"時空"の"空"の方を突破できなかった。っていうオチだろう。


それからラニは最初から薄々勘付いていた結論を出す。

「…まあ、滅んじゃったものはしょうがないよねー。」

特に驚くことでもない。ラニはその事実をすんなり受け入れた。

世界が滅ぶ事なんてラニで無くても…それこそ誰であっても予想できていたからだ。

ラニの暮らした世界は"旧文明"となって歴史上でのみ語られる存在となっている。

"新文明"があるのかどうかも、ラニにはわからなかったが。


(あーあ、経過時間は百年か、それとも千年か…。)

ラニは近くに散乱する瓦礫に腰掛け、ため息を吐く。

(旧文明もいい加減にして欲しいよね。残りカスですら牙向いてくるなんてさー。)

気配に気付いたラニは、地面に触れて後ろを振り返る。

「お前の事だぞ!この…名前わかんないや。私がいなくなってから生まれたのかなー?」


ラニの視線の先に、一体の異形の化け物が現れた。生物兵器の類だろう。

ラニの知らないタイプではあったが、かつての経験と知識からその"材料"が推察できてしまったラニは、ものすごく嫌な気持ちになった。

化け物は生きている存在全てに対して敵対するように教え込まれているのか、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってくる。

「みんな滅んだのに数千年もご苦労様。でももっと気楽に余生を過ごしなよー…『再起動、アクセス権限提示。』」


ラニがそう呟くと地面を通じて大量の魔力と命令が流れていく。

ラニを中心に朽ち果てて完全に停止していた都市機能が部分的に復活した。

街灯が灯り、換気ファンが回転を始め、壁に大小様々な魔法陣が浮かび上がる。

その様子に驚いたのか化け物の動きが一瞬止まった。

「お前もさ、このゴミみたいな世界にこれ以上いても虚しいだけだと思うんだ。」


「だから…お前は先に"逃げ"な。『建築部門コード:クレーン72SY-8N分離』」

次の瞬間、化け物の真上のビルの上で停止していた巨大クレーンが落下した。

クレーンを構成する鋼鉄の、圧倒的な質量が化け物を押し潰す。

「ばいばい。名前わかんないやつ。」

(そしてこんにちは。あたらしい敵。)

後方に新しい気配を感じたラニは、次の一手を考えながら振り返る。


「こっちから聞こえたはず…。」

そこには衝撃音を聞きつけやって来た、一人の少女がいた。

「…ありゃ、人いたんだ。」

てっきり人類は全て滅んだと思っていたラニは少し驚いたが、同時に少しホッとしていた。

(目が死んでも据わってもいない…。文明が滅んで少しは良くなったのかな…。)

ラニ曰く旧文明にもはや"まともな人間"はいなかったという。


相手は驚いた様子で建物を見て、ラニを見て。それを何度も繰り返した後にようやく口を開いた。

「街灯が光ってる…それに魔法陣も…。お前、何者だ?」

「あ、ラニっていうよ。」

「名前じゃなくてさ。これほどの規模の旧都市機能を稼働させる膨大な魔力どうやってるんだって話。旧文明の化け物レベルだぞ?魔力タンクでも隠してるのか…?」

「…"魔力タンク"?嫌だなぁ…そんなん使う訳ないじゃん。」

ラニは明らかに嫌そうな顔をする。旧文明の嫌な思い出がそのままフラッシュバックするからだ。


「じゃあ、お前は化け物だ。叔父さん曰く"化け物の特徴はその膨大な魔力量、タチが悪いのも多いから迷わず断定せよ"だそうだ。そして…」

少女はクレーンに推し潰された化け物の亡骸とラニを交互に見比べた後、言葉を続ける。

「…そして"化け物の急所に的確に撃ち込んで、全力で逃げろ"だそうだ…悪いな。」

少女は小型の魔弾銃を取り出し、ラニに向けて構える。

おそらく最近作られた粗悪な物だが、生身のラニには十分な威力だ。


一方のラニはというと至って冷静だった。慣れてるからだ。

(持ち方が変だしちょっと震えてる…人なんか撃ったことないのか…。世界が平和なのは良い事だよね、うん。)

ラニは地面から手を離すと、一気に都市機能が停止して街灯の明かりも消える。

「まあ待ってよ。確かに私の魔力は多めだけどさ。平均の倍くらいだよ?あなたが都市を再起動できないのは権限の問題が…。」

そう弁明するラニに対し、相手は呆れた顔をしてこう言う。


「嘘つけ。だってお前私の百倍は魔力持ってるぞ。」

「えっまじ?」

「まじ。」

(まだ軍にこき使われる前、持っている魔力の量が少ない子供が極端に増えていると聞いたら…今となってはそれが人々の基本に…?)


「…魔力無いの?」

「いや、私は多い方。」

(それじゃみんな杖も使えないだろ…あ。)

そこでラニは魔弾銃に知らないパーツが付いていることに気づいた。

透明なジュース缶のような形とサイズで、中では金色の液体が輝いている。

(魔力タンクって…ああ、そういうことか。)

ラニは少し考えて納得する。

自身の体内に魔力がない現代人は、代わりにそのタンクから魔力を流し込むようだ。

ラニ達が心の底から求めたアイテムは、時を経て開発され今彼女の目の前にあった。

(私がいなくなってから…こんなのできたんだ。もっと早くできていればどれだけの命が…。)

それでもラニの心の中のモヤモヤが、少し薄まった。


「えーっとじゃあ。そろそろちゃんと弁明しないとマズそうだね。」

「ああ、しっかりと納得させてくれ。できれば撃ちたくないよ。」

銃口を向けながらそんな事言われてもなあと思いつつも、ラニは化け物の亡骸を指差して思いついた事を言ってみる。


「じゃあさ、こうやって頭使って化け物倒してる時点で化け物じゃないじゃん!ってのは?」

「化け物は凶暴だし、実は二グループに別れているらしい。別グループなら共食いだって普通にするね。あと狡猾で知能が高いのもわんさかいる。」

一瞬で否定されてしまった。反論の余地もない。

「ええ…撃ちたくないなら強引にでも納得してくれれば良いのに…。」

「ごめん。気になっちゃって…。」


「じゃ、じゃあさ!こんなに可愛い化け物がいるわけないだろー!ってのは?」

「フッ、それ弁明のつもり?」

「あ、やっぱダメ?」

「アハハハ…ごめん、なんかおかしくて。」

「笑うのは無いでしょ!ねぇー!」

「あー、何やってんだろ私達。」

「それはそう。」

そのうち二人の少女はお互い何だか馬鹿らしくなってきて、二つ並んだ瓦礫に腰掛ける。

「なんかお腹すいたね。」

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