第七話 四〇過ぎのオバサンなんて、女のうちに入らない

 ――そこまで言われたんじゃ、いまさら嫌だなんて言えないよな……。


 拓馬は内心でため息をついた。


 この父親のことだ。再婚には反対だとこちらが強く主張すれば、ほぼ間違いなく今回の縁談話はなかったことにしてしまうだろう。それこそ、先ほどの勝己の言葉どおりに。


 息子として、それはいささか気の毒に思える。きっと次を逃せば、父は寂しい独り身のまま老後を迎えるに違いないからだ。


 いくら自分が大の女嫌いだからといって、それだけで実の父親にそんな将来を強いるのはあんまりなんじゃないか。せっかくよい縁があったというのに……。


「あー、わかったよ。好きにしてくれ」


「……いいのか?」


 拓馬の表情は苦々しいものだったが、どちらかというとこれは強がりというか、単なる照れ隠しだ。それがわかるからか、勝己はうれしそうに破顔した。


「ただし、本気で再婚しようっていうなら、俺のためっていうのはなしだ。おやじ自身はどうなんだ?」


「どうって……何がだ?」


「だから……俺のこと抜きで、本当にその人のことが好き……なのか?」


「おいおい……おまえ、父親と恋バナしたいのか?」


「ちゃかすな。大事なことだろうが」


 おかしそうににんまり口の端をつり上げる勝己。冗談なのか、それとも本気で言っているのか。わからないから始末が悪い。


 なんとなく気恥ずかしい思いを感じながら、それをごまかそうと拓馬はみそ汁をすすった。


 うん。先ほど味見した時にも感じたが、いい味が出ている。


 ふたたび食事に戻った勝己は、何気ない調子で話を続ける。


「まぁ、好きか嫌いかで言えば、正直むちゃくちゃ好きだな。この人と添い遂げたいって本気で思うくらいに」


「そうなのか……」


「うむ、恋愛はいいものだぞ。おまえにはそういう相手いないのか?」


「なっ――こっちのことはほっといてくれ。今はおやじのこと話し合うのが先だろ!」


「ああ、すまんすまん。そういえばそうだったな。ははっ」


 いい年して……と思わなくもないが、もしかしたら父親なりに照れているのかもしれない。うまいうまいと何度も口にしながら、勝己は白米をぱくついていた。


 中年男のこんな姿を見せられても反応に困るというのが本音ではあるが、そんなふうに思える相手と出会えたというのはきっと幸せなことなんだろう。


 一度結婚に失敗した身ならばなおさらだ。


 だったら……息子として、ここは言うべきことがある。


「その、なんだ……おめでとう」


「おい……どうした急に?」


「いや、ちゃんと言っておいたほうがいいかと思って。おやじがそこまで考えてるなら、俺から言うことはとくにないよ。うまく行くよう応援する」


「拓馬……ありがとな」


「別にいいって……」


 本当にうれしそうに勝己が笑う。どんな反応をすればいいかわからなくて、拓馬はそっと目をそらした。


「ただまぁ……もし再婚ってなれば、向こうと一緒に暮らすことになると思うんだが……おまえ、平気か?」


「言ったろ、応援するってさ。どうにかやるさ」


 勝己はおそらく、拓馬の女性嫌いを心配しているんだろう。正式に再婚が決まれば、その新しい母親とも同じ家で暮らさなければならなくなる。


 これまで気楽な男所帯だったことを考えれば、拓馬にとっては結構なストレスを覚えるのは間違いないはず。


 とはいえ……四〇も半ばになるこの父親が選んだ再婚相手だ。勝己は何やら大絶賛していたが、向こうもきっとオバサンだろう。


 だとするならば、そんな相手に拓馬の女嫌いが発動するとも思えなかった。こう言っては失礼だが、現役高校生の拓馬にしてみれば、四〇過ぎのオバサンなんて、女のうちには入らないのだから。


 だからまぁ、きっと共同生活を送るのだってなんとかなるだろう。拓馬はそう判断した。


「そうかそうか。そう言ってくれるなら父さんも安心だ」


 拓馬の返答に気をよくしたのか、勝己はうんうんやっている。


「それでだな、拓馬……来週どこか暇な日ってあるか?」


「うん? 放課後ならとくに用事はないが……休みの日だって大抵は家にいるしな」


「うーむ……息子がせっかくの青春を浪費してるようなのは気になるが……」


 わりと本気で残念そうな目を向けてくる勝己。これにはさすがの拓馬もイラッときた。魚の骨でも投げつけてやろうか。


「で? 何なんだ? 予定を聞いたってことは何かあるんだろ?」


「ああ、そうだった。おまえにも彼女を紹介したいと思ってな。時間作ってもらってもいいか?」


「そういうことか……わかった。別に構わない」


「そりゃよかった。ははっ、マジで驚くはずだぞ。期待しててくれ」


「はいはい……」


 適当に相づちを打ってから食事を続ける。父親の女の趣味がどうなってるのかは知らないが、期待するだけ無駄だろう。


 なにせ、相手はただのオバサンなのだから。


 そう、拓馬は結論づけたのだが……。


 これが実は大失敗だったと、つい一週間後に身をもって知る羽目になるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姉恋ぐらし 丹生壬月 @newcremoon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ