エピローグ

 『物語』が完結間際のエピローグを迎えると、セカンド・ターニングポイント以降、世界を侵食しつつあったメルヘンなバケモノたちや、奇怪な建物、及び怪しげな組織などは、綺麗さっぱりいなくなった。


 しかし、高嶺の世界改変能力はなおも健在らしく、時折街に非日常的存在は現れ、『ヒーロー』がそれを撃退したりしている。


 どうやら、この作品がなんらかの賞に引っかかるにしても落ちるにしても、作者は本作で筆を折るつもりはないらしい。


 だが、その事実を認識しても尚、公人はどこかほっとした気持ちになっていた。


 彼はもうすでに、この賑やかな非日常というものに愛着が湧き始めていたのだ。




 第三幕においてループを回避すると、今まで停止を余儀なくされていた車輪が再び動き出すように、季節は巡った。


 今や、太陽がほどよい熱気を提供する秋始め。


 すっかり過ごしやすくなった気候の下、公人は今日も今日とて高校生の本分を果たすため、リュック背負って登校していた。


 校門前で、高嶺千尋と会った。


「おはよう、手塚くん」


「おはよ」


 高嶺は、公人でさえ被るのに躊躇するような学校指定のクソダサヘルメットを装着し、自転車にまたがっていた。


「自転車、乗れるようになったんだね」


「ふふふ。よく気付いてくれたわね。そうよ。挑戦してみたら、案外簡単に乗れたわ。チャレンジ精神って大事なのね」


 高嶺はまだ新品同然の自転車を大切そうに撫でながら、


「今日の放課後は、いよいよ週末に迫った、ナラティ部秋の水族館遠征の作戦会議をするわ。手塚くんも、来てね?」


「行くよ。発案者が参加しなくて、どうすんだ」


「あと、今日のお昼は大量のエビチリが手塚くんを待ちわびているわよ」


「はいはい。昼休みにも行くよ」


「じゃあ、お昼に」


「うん。お昼に」


 そう言い交わし、公人は一足先に、校舎の中へと入った。





 授業と授業の中休み。


 公人は自席で真城目と雑談をしていた。


「手塚くん! 何度も言うが、順列と組み合わせの違いは単純明快だ! 公式だけを覚えようとするから出来なくなるのだ! 順列は抽選の後に順番も考えるからパターンが多くなり、組み合わせは抽選の段階で終わりだからパターンが少なくなるということを理解するのだ!」


「もう無理だ。僕に数学は生涯理解できん」


「この段階で躓くと、大学受験にも影響が出るぞ!」


「わかってるよ、そんくらい」


 公人は先の授業で理解しきれなかった数学の問題を真城目に尋ねていた。


 真城目のパッション溢れる補講を受ける最中、公人は問題集に視線を落としたまま、


「あぁ、そうだ。真城目」


「なんだね!」


「お前、その喋り方、疲れた時くらいはやめてもいいからな」


 公人がさらりと指摘すると、真城目はニヤリと、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ふははははは! うん! その時はそうさせてもらうとしよう! だが、これだけは言っておくぞ手塚くんよ!」


「なんだよ」


「始めは確かに演技だったのかもしれないが、存外、私はこのキャラを気に入っているのだよ!」


「そうかい」


 公人も笑った。





 昼休み。部室に立ち寄る前に本を返そうと公人が図書室へ向かうと、馬場園が机に突っ伏しぐったりしているのが見えた。


「燃え尽き症候群か?」


 声をかけると、馬場園はのそりと顔を上げた。しかし顎は机につけたまま。


「みたいなものですかねぇ。これまでずっとぉ、ループ解決のために尽力してきたのでぇ。急にやることがなくなったというかぁ」


「いつもにも増して語尾がダルダルじゃないか」


「結局先輩に『裏設定』は明かしてもらえなかったですしぃ」


「それは関係ないだろ」


「モチベーションの問題ですよぉ」


 このままだと動物園のメタボ熊になりかねないと思った公人は、発破をかける。


「別に、これでこの作品が終わるってワケじゃないんだ。もしかしたら、そのうち、続編が書かれるかもしれないぞ」


「それって、」


 ようやく馬場園が起き上がった。


「わたしにも、読者人気を勝ち取るチャンスがあるってことですかぁ?」


「それは、お前の頑張り次第だろ」


 公人は馬場園を引っ張って、部室へと向かう。





 部室に入ると、高嶺がエビチリをレンジで温めている最中だった。


 先日念願のアップデートを果たしたいろはは、無駄に大きかった冷蔵庫の上半分を電子レンジに換装し、寒暖両面で対応できるようになっていた。


『コレデ イツデモ ホッカホカ』


 静電気をパチパチ鳴らしながら、いろははそうしてブラウン管にドット文字を表示する。


「お前は一切、ブレないな」


『ナンノ コトダ?』


「いや、なんでもない。そのエビチリの後は、僕の弁当も頼むぞ」


『オヤスイ ゴヨウ ダ』


 中身なんて、なんでもいいかと、公人は思った。





 放課後になると、公人はさっさと部室へ向かった。


 部室に入ると、いろははいつものことだが、その他にも先客がいた。


 浦原罪だった。仏頂面で、パイプ椅子にチンピラ座りだった。


「お前、なんでいるの?」


「さぁ、知るかよ。気付いたら復活してたンだ」


「へぇ」


「大方、ハッピーエンドにするため、どっかのポンコツが作者に圧力かけたンだろ」


「また殺そうとしても無駄だぞ。こっちには、見ろ、マイクロウェーブの新装備を携えたいろはがいるんだからな」


 浦原はわざとらしく肩をすくめてみせた。


「勝てねぇ喧嘩はするだけ無駄だ。もっかいチャンスが巡ってくるまで大人しくしてるよ」


「永遠にそうしてろ」


「そいつぁどうかな」


 くけけ、と浦原は悪魔のような笑みを浮かべてみせた。


「まぁいい。お前も、週末の水族館ツアー、参加しろよな」


 公人も意地悪く笑った。


「なんとも都合のいいことに、お前が参加すればグループ割が使えるんだよ」





 それから旧校舎のナラティ部では、メンバーも揃い踏みし、侃々諤々の論争が繰り広げられることとなる。


 議題は勿論、週末の日曜日に控えた水族館ツアーについてである。


 議会の派閥は、絶対に目玉のシロイルカショーを三回は見たいという高嶺・いろは陣営と、まんべんなく全体を見学したいという真城目・浦原陣営、別にどっちでもいいとする公人・馬場園陣営の三つ巴となり、その会議は、途中でおやつ休憩も挟みながら、長々と、実に楽しそうに行われた。





 この『物語』は、かくして、非日常の中の日常を描いて幕を閉じる。


 三人称視点も、そろそろその役目を終えようとしていた。


 読者諸君。


 ここまで読んでくれて、どうもありがとう。


 この『物語』が、読者諸君を少しでも楽しませることができたなら、ここまで記述を紡いできたものとして、こんなに喜ばしいことはない。


 それでは、名残惜しいが、おさらばだ。


 また、会う日まで。

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僕はライトノベルの主人公 寺場 糸@本が出た @Terabyte

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