みえない君と、みえる僕。(上・下)

曖 みいあ

みえない君と、みえる僕。(上)

(6月12日(月))




ーーーカラカラ。



誰もいない、朝7時の教室。




後ろのドアを開け、ゆっくりと自分の席へ向かう。

窓を開けるか少し迷ったけど…学ランから合服にしたせいか、今朝は少し肌寒く感じる。



(窓を開けるのは…やめとこう。)



そう思った僕、水川 冥矢(みずかわ めいや)は、

窓を開けずに自分の席…教室の一番窓側の列、前から4番目にストンと腰を降ろした。



カバンから荷物を出しながら、さっき開けなかった窓越しに…グラウンドを、眺める。



(今日も…みんな、元気だなぁ。)



僕に気付いて、嬉しそうに手を振ってくる”ヤツ”もいる。こんな朝早くに…。






ーーーカラっ。



「あっ、やっぱり今日も冥くんの勝ちかぁ〜!」



また負けた〜と、全く悔しくなさそうに教室へ入り。そのまま僕の席の方へやってくる。




「冥くん、おはようっ!そして、今日も登校1番、おめでとうっ!」



ビシッと親指を立て笑う少女。


彼女は…同じクラスの”小山 あんな(こやま あんな)”。

目がクリクリで、肩にかかるかかからないかの黒髪は、今日もサラサラだ。

吹奏楽部で友達も多く、可愛くて明るくて優しくて…要するに、男女問わず人気がある、クラスの中心的人物。




「っ…、おはよう。あと、ありがとう…。」



彼女の、眩しすぎる笑顔から目をそらし。

恥ずかしさから、ズレてもいない眼鏡をそわそわと触る。



可愛すぎる彼女の顔が見れなくて…つい無愛想に、顔を背けてしまうのはいつものことで。



「どういたしましてっ!」


そんな僕にも嫌な顔をせず、笑顔で接してくれる…小山あんなも、いつも通りだ。


彼女は満足そうに、自分の席…廊下側の列、前から3番目へと戻っていく。





「登校1番か…。確かに…



…”生きてる中では”、1番…かな。」



僕の、ポツりと呟いた言葉は、





「ん?なにか言った〜?」


もちろん…彼女には、届かなかった。






僕は、物心ついた頃から。

この世に生きるもの…”以外のヤツ”が、視える(みえる)。



まあ…いわゆる、”幽霊”が、”視える”のだ。




幽霊っていうと、何だか怖い感じがするから…僕の中では、”ヤツら”って呼んでる。



なんで僕にだけ”視える”のかは、正直分からない。

気付いたら”ヤツら”は、当たり前のように、”視えて”いて。



それぞれの個体が、思い思いに宙を漂ったり、寝転んだり、ジャンプしたり…

死後の方が、むしろ楽しそうにしている気がする。




僕はそんな”ヤツら”が視えるけど、触れはしないし、会話や意思の疎通もできない。

本当にただ、”視える”だけ。

”ヤツら”は見た目も映画みたいな血みどろでもないし、だいたいは、普通の生きている僕らと同じ格好で。


よく見たらちょっと透けている…くらいのものだ。





”ヤツら”が、そんな調子だから。


幼いときは、”僕たち”と”ヤツら”を区別することができなくて…。

周りの友達とは違う、誰もいない方を見て喋ったり…なんてのはしょっちゅうだった。



そんな僕が…いつの間にか集団から浮き、

一人でいることが多くなったのは、まあ…。仕方のないことだったと諦めている。




ただ、中学生に上がる時には、


『”ヤツら”の区別もできるようになったし!周りに馴染むこともできるはず!』


ーーそう希望を持っていたのだけれど。




入学したあの日から、早2ヶ月とちょっと。

いわゆる田舎の中学校で、学年30人に対して1クラス。

そしてそのほぼ全員が…同じ小学校からの、エスカレーター。



そんな状況だから…結局、今までの孤立感は消えず。


僕はただただ、小学生での生活を延長する日々だった。




でも、ただ1つ。


中学生になって変わったことがある。それはーーー




「あっ、その本!ちょっと前に話題になってたやつだよね?やっぱり面白いのかなっ。」


彼女の、存在だった。




小山あんなは、この春、都会からやってきた転校生で。

今現在、30人いるクラスメイトの中で唯一、僕のことを変人扱いしない人だった。



最近は、そんな彼女に…


…小説でしか知らなかった、『好き』という感情を教えてもらっている。




よく小説にある、”話せるだけで嬉しい”って、まさにこういうことだったんだ…とか。

自分の中に初めて生まれる、なんだかくすぐったいような幸せな気持ちに…密かに、感動する毎日だ。




「そ、そうだよっ。まだ読んでる途中だけど、面白いと、思うよ。」


僕は、今まさに読もうとカバンから出した本に視線を向け。

やっぱり、恥ずかしさで…彼女の顔を、ハッキリとは見ることなく答えた。



たぶん彼女は、僕が周囲から浮いている理由も…色々と周りから聞かされているだろうけど、



「さすが冥くんだね!チェックも早いっ!」



入学したあの日から、早2ヶ月とちょっと。

彼女の僕に対する態度には全く変化がなくて。

出会った時と変わらない態度で、僕を”普通の人”として接してくれる。



そんな彼女のことを、僕はますます『好き』になっていく。でもーー






ーーーガラッ。


「おはよ〜す!あ!あんな、土日の宿題、教えてくんない?」


元気な声で挨拶をし、颯爽と現れたのは…学級委員長の、安藤 隼人(あんどう はやと)。




運動部に所属していて、運動もできて…おまけに、カッコいい。

彼は教室で勉強をしてから、朝練に参加しているらしく、だいたいこの時間…クラスで3番目に、登校してくる。



「あ、隼人おはよう!また宿題〜?」


しょうがないなぁ〜とつぶやきながら、


「じゃあ冥くん、またね。」


小山あんなは、僕に手を振りながら、自分の席に戻っていった。



「ごめんって!でもちゃんと考えたけど!ほんっとに分かんなかったんだって〜。」


そのまま2人は、机を寄せ合い、楽しそうに勉強を始めた。

そんな2人から視線をそらし…僕は、読みかけの小説を開く。


…教室を、楽しそうな声が包み込む。



…小説は…頭に入ってこなかった。




窓の外、グラウンドで楽しそうにしている”ヤツら”を、視てみる。

ただ漂っているだけなのに…なんであんなに、楽しそうなんだろう。


死んでいる人たちが、少しだけ羨ましく視えるなんて…僕って、本当に残念な男だ。


「はぁ…。」


ため息をつきながら、仕方なく教室に視線を戻す。



すると…



「あっ…。」


小山あんなのすぐ背後。


”ヤツ”が一体、フワフワと、踊るように漂っていた。



「また…か。」


実はこんな光景を、4月から、何度も視ている。


小山あんなの周りには、生きている人間も沢山寄ってくるけど。

何故か”ヤツら”も…気付いたら、彼女の周りだけ、明らかにまとわりつくように漂っていたりする。



(今朝は…一体も、いないと…思ったのに。)



結局、朝のSHが始まる頃には、

どこから来たのかもう一体、子供の姿をした”ヤツ”が、彼女の隣を嬉しそうに浮遊していて。


挙げ句俺にも、楽しそうに手を振って笑いかけてきた。





(6月13日(火))



ーーーカラカラ。



ーーーカラっ。


「冥くん、おはよう!今朝も早いねっ。」


「っ、おはよう。」


昨日の帰りのSHには、三体だった、”ヤツら”。


一晩経った今も、まだ…彼女に、まとわりついている。


それぞれ楽しそうにフワフワしているけど…


「あの…、元気?」


僕は、どことなく気になって聞いてみた。


「え、私?もちろん、元気だよー!」


ニコッと笑いかけられる。

僕は、聞いておいて…恥ずかしくなって、視線をそらす。


ずらした先にいた、彼女の周りの”ヤツら”も…やっぱりみんな同じように、ニコニコと笑いかけてくる。



「それなら…いいんだけど。」


今まで僕は、”ヤツら”から、悪い影響を受けたことは、一度もない。


何度も手を伸ばして触ろうとしたし、話しかけたりもした。

けど、”ヤツら”はいつも、楽しそうに笑いかけてくるだけ。ただ僕に、笑顔を向けるだけ。



(…天に昇る前に、最後の現世を、満喫してる…のかな。)



ひとまず僕は…そう思うようになっていた。


だから、彼女に必要以上に”ヤツら”がつきまとうことに気付いた時も…

…驚きは、したけど。あんまり、気にはしていなかった。




けど…やっぱり最近、少し…その数が、多すぎる気がして…。



「心配してくれてる…のかな?

冥くんは、優しいよね。ありがとうっ!冥くんこそ、今日も元気かなっ?」


僕の不安そうな表情を読み取ったのか。

彼女と、周りの”ヤツら”が、僕に向かって笑いかける。



「優しくなんて…ちょっと、気になっただけだから。

でも…元気なら、いいんだ。僕も、その…元気だから。ありがとう。」


彼女が元気なら、僕はそれだけで…元気になれる気がする。


何とか、彼女たちの笑顔をお手本に、笑顔を作って、返事をしてみた。


そんな、僕のぎこちない笑顔にも


「それなら良かった!」


彼女は可愛すぎる笑顔で、喜んでくれた。


…正直、”ヤツら”が、彼女に近づきたい気持ちも、分かる。

きっと彼女は、生きているモノだけじゃなくて…”ヤツら”も元気にして、笑顔にしてくれる存在なんだ。



「冥くんが元気って分かったら、なんだか私もさらに元気が出てきた気がするー!」


えへへ、と嬉しそうに彼女が笑う。僕も、つられて…今度は、自然と笑顔になれた。




ーーーガラッ。


「おはよー!あんな、今日は宿題ばっちりしてきたから!答え合わせしようぜ〜。」


安藤隼人の明るい声。


彼は、いつも元気そうだ。きっと彼も…


…彼女と同じ、存在だ。

周りの人を、笑顔にしてくれる。


僕には…できない…役回りだ。



「はいはいっ。間違えてたら、罰ゲームだからねっ!」


じゃあね、と手を振った彼女が、自分の席へ戻っていく。


離れていく背中を見つめて


「うん、またね。」


精一杯、明るく返した。


僕には…今の関係でも、十分すぎるくらい幸せだから。

そう…彼女の周りにいる”ヤツら”と、何も変わらないけど。


こうやって、少しでも話せて、周りにいられるだけで幸せなんだ。



…そう、自分に言い聞かせて。僕は、読みかけの小説に手を伸ばした。







(6月14日(水))



ーーーカラカラ。






(6月15日(木))



ーーーカラカラ。






(6月16日(金))



ーーーカラカラ。





ーーーカラっ。



「あ、冥くん、おはよう。…2日ぶり、だね!


…また、風邪引いちゃってた。」


えへへ、と困った顔をする。


小山あんなは、いつもより抑えた声で笑った。



『小山さんは、体調不良で欠席です。』


昨日と一昨日、朝のSHで、担任の先生が言っていた。


このセリフは…この2ヶ月ちょっとで、もう、10回以上は聞いている。


彼女は身体が弱いみたいで、定期的に学校を休んでいた。

この田舎に引っ越してきたのも、空気がキレイだとか、水が身体に良いとか…小説とかでよくある、そういう理由なんだろうか。




「おはよう。体調、もう…大丈夫?」


彼女の体調が気になって…挨拶と一緒に、すぐにそう問いかけながら…


…読んでいた小説から視線を外し、近付いてきた彼女に向け顔を上げた、まさに、その時…




「なっ!!!」



僕は驚いて、思わず声をあげ、椅子から立ち上がった。




彼女の肩の後ろ…


…背中側に、異様な…”ソレ”が。



いつもの”ヤツら”とは、明らかに違う…”ソレ”が、立っていた。




「…えっ?冥くん…??」


椅子から激しく立ち上がった僕の反応に、彼女が困惑しているのが分かった。


でも…僕は、それどころじゃない。


彼女の後ろの…”ソレ”は、

人間の姿を…一応はしているけど。


異様なのは、その、顔。



普通、目・鼻・口があるはずの部分が…


…ドス黒い渦を巻いたように、真っ黒なのだ。



視ているだけで、吸い込まれそうな闇が、うごめいていて…。



「あ、あの!体調はっ?」


僕は、少し必死すぎたかもしれないけど…彼女に、もう一度。体調を聞いてみた。



「あっ!う、うん?もう、だいぶ良くなったよ。」


椅子から立ち上がり、いまだ自分を凝視してくる僕に驚きつつも。

彼女は…明るく返事をした。


…無理して、いつも通りに振る舞おうと、しているようだった。


だって…明らかに、顔色が、良くない。



「心配かけちゃったかな?ごめんね。でも、もう…大丈夫だよ!」


彼女がそう言う間に、肩越しに視えていた”ソレ”は、

少しずつ…彼女の背後から、彼女の前半分、前面に、回り込んできていた。



「…っ!」


”ソレ”は、そのまま、僕と彼女の間に、割って入ってくる。


目の前に立つ…”ソレ”を視て、初めて、気付く…




「…うちの、制服…。」




「え?…なに?」



目の前に立つ、顔が渦まく”ソレ”は…

…僕と同じ、この学校の制服を着ていた。


真っ黒のスラックスに、うちの校章が入った、カッターシャツ…。



「冥くん…?」


”ソレ”が視えていない彼女にしたら、僕はずっと、彼女を凝視していることになる。



その事実に改めて気付き、咄嗟に


「あっ。えっと、あのっ…。まだ、顔色が良くないから!無理、しない方がいいよ。」



”ソレ”…については、触れずに。顔色のことだけを伝えた。





本当は…この、得体のしれない、僕と同じ制服を着た”ソレ”について、

彼女と、話し合った方が…良いと思う。思うんだけど…



僕は…彼女にまで…


…変人だと、思われたく…なかった。




「…うん、ありがとう。本当はね、ちょっとだけ、まだ体調良くなくって。あ、でもちょっとだけだよ?」


少しだけね、と念を押す声は、少しだけ…以上に、辛そうで。


「冥くんは…何でも、お見通しだね。いつも、そう…。


…あ!みんなには、内緒にしててねっ!」


前半は、少し聞き取れないところがあったけど…。

後半は、いつもの明るい調子で、お願いされた。




「うん…。でも、あの…。


休んでる間、体調以外に…何か、変わったこととか…なかったかな?」



遠回しに、聞いてみる。



”ヤツら”とは、明らかに違う”ソレ”を視るのは…これが、初めてで。


何だか、このままじゃ…。

今までのように、視てるだけじゃ、今回は…ダメな、気がする。



(直接は…”視える”こと、伝える勇気、無いけど…。)




彼女の隣に移動し、寄り添うように立っている”ソレ”は…

…彼女にとって、良くないものだと。


(何とかして…彼女を、助けたい…!)


今回の体調不良は、今までの風邪とは違う…と、僕は直感で、そう、確信していた。





「変わった…こと。えっと…。」


彼女は、珍しく、僕から視線をそらして。

まるで…思い当たることが、あるみたいに。


それでも…彼女は、言うのをためらっているようだった。




「急に、ごめん…。言いにくいなら、いいんだ。」


僕は、そんな彼女の様子に…視線を下げる。




(僕が…怖がらずに。


君に、僕が”視えている世界”を…勇気をもって、伝えることができたなら。


そしてそれを…君が、信じてくれたなら…。)




…そんな、夢のような事を考えて。


視線を、足元から彼女に戻す。




彼女はいまだ、困ったように下を向いたままだった。





…そうだ、落ち込んでいる場合じゃない。


視えてることは…まだ、言う勇気がなくても。

今回は、今回だけは、彼女のために何か…。



「…何か、あるなら。

一人で抱えこまないで…信頼できる人に、ちゃんと話した方が、いいよ。


君の話なら、みんな…真剣に、聞いてくれるだろうから。」


僕がそう話しかけると、彼女は伏せていた顔を上げてくれた。



そんな彼女の目を、まっすぐに捉えて話を続ける。




「もし、僕にできることがあるなら…僕を、信じてくれたなら。僕は絶対に、君を守るよ。」






ーーーガラッ。



「おはよっ!…お前ら、そんなとこで何してんの?」


安藤隼人の元気な声が、静まり返った教室に、響く。




「…なんでも、ないよ。」


僕は…伝えたいことは、伝えられたと思う。


”視える”ことは…やっぱりまだ、言えなかったけど。

彼女を守りたい気持ちだけは、今…ちゃんと、伝えておきたかったから。



「それじゃあ…、また。」


僕は、そばで立ち尽くしたままの彼女に声をかけ、自分の椅子に座りなおした。




「…うん、また…。」


”ソレ”が、また、僕と彼女の間に入ってきたせいで、

彼女が今、どんな表情をしているのか…僕には、分からなかった。





「あんな、体調どうだ?良くなったか?」


安藤隼人は、心配そうに彼女に駆け寄る。



「う、うん!もうバッチリだよっ。」


彼女は、いつもの明るい調子で返事をする。


「なら、良いけど…。


あ、休んでた分のノート、見せてやるから。一緒にやろうぜ。」


そういって、いつものように廊下側の机を寄せ始めた。



いつもと同じ光景だったが…


…いつも笑顔でくっ付いている”ヤツら”と違って。

今まさに一体だけで彼女に寄り添う”ソレ”の表情は…黒い渦で、分かるはずもなく。



普段みえている彼女の横顔も、

”ソレ”が間に立っているせいで、今は…僕の位置からは、全くみえなくなっていた。



僕は、一番…大切で。

ただただ心配で…一番、みたいものが…みえないまま。



彼女にまとわりつく”ソレ”ごと…見守ることしか、できなかった。


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