4つ、思いのままに動かして
アカリは気が付いたら筆を動かしていた。
真っ白なキャンパスに絵の具が付いた筆を使って、少しずつ色を塗っていく。
描かれていくのは目の前にある、遊具が端に2,3個ぐらいしかない公園とは程遠いもの。
灰色をメインに、違和感を避けて塗っていく。
勝手に絵の具を使うに申し訳ないという気持ちでいっぱいだが、男性は考え事をしながらじっくりと絵を見ている様に見えた。
「集中……してるね」
『にしてもこの暗さは、まるで俺らみたいだな』
気付かれないように、小声で話し合う。
別人格は自分にとっては宝物のように隠しているというものでも無い。
だけど、バレてはいけないことは知っている。
アカリにある、最低限の常識の1つであった。
描いていく途中で、手がピタリと止まる。
一度筆を小さな机の上に置き、一回全体像を見てみる。
その絵はお世辞にも良いとも言えず、それはまるで……
君の心みたいだ
ピクリと体が小さく跳ねると、そっと後ろを見た。
忘れていた。
途中から集中し過ぎたあまり、周りの環境が頭に入って来なくなっていた。
だからこそ筆を置いたというのもあるが、まさかここまで集中していたとは。
『まさか自分が、って感想だよな』
別人格がいらないお節介を焼いているように、片目を閉じながら話しかける。
急いで口を防ぐも、どうやら間に合わなかったらしい。
恐らくこの男性の耳にはハッキリと聞こえたはず。
しかし、不思議なことに男性はそのことに一切触れずに腕を組みながらキャンパスを見ていた。
「……とても、綺麗では無いですよね」
アカリの視線は、自然と芝が生える地面へと視線を下げる。
そのキャンパスに書かれていたのは、灰色で書かれた……何かだった。
複数の線が不規則に描かれて、それでいて端の方はグラデーションになっていた。
使われているのは、黒と白と灰色だけ。
その世界に色は無く、だけどアカリにとってはとても心地よい絵だった。
(君の心みたいだね、か)
きっとこの絵に完成形は無い。
ずっと続く
そして、自分の心の迷いのように。
もういいのかい? 男性は最後の確認をするように問いかける。
「大丈夫です。もう、これ以上だと歪んでしまうから」
絵の具に筆、それからパレット。
それら全てを返すと、男性は不満そうな顔をしてアカリを見る。
結局最後まで名前を聞くことは出来なかった。
だけど、きっとこの関係性にはこの程度の距離感が最適解なのだろう。
そうに違いないと、自分に言い聞かせる。
最後にこの作品にタイトルをプレゼントしてくれないか、男性は先程までの優しい雰囲気は消え、最初の1人の画家としての表情に変わっていた。
「タイトル……ですか」
再度、アカリは色の無いキャンパスと向き合った。
灰色の世界であり、何も感じることが出来なくなってしまった自分の心をそのまま映したような品物。
君は、これにどんな名前を付けるんだい? こちらに近づき、先程の質問の意味を説明するように話しかける。
賢くは無いが周りの空気を読むのが上手いアカリは、そう読み取るのは簡単なことだった。
しかし、読み取れたと早く答えれるのはイコールではない。
何秒かその絵と向き合い、考える。
『コイツの名前は自分。ありきたりで、身近で、そしてその意味を指しているから』
ずっと黙っていた別人格が、突然アカリの体を借りて話し出す。
描いたのはアカリであって別人格は何もしてないのに、しかしその名前は自分の中でとてもしっくり来るものだった。
とても勉強になるものを見せてもらったよ、ありがとう。
深々と頭を下げる男性に、アカリは上げて下さいと慌てて伝える。
「いえ……それでは。諸々貸して頂きありがとうございました」
そう言い、先程までの道へ戻ろうとするも男性に少し待ってくれと止められる。
どうしたのかと後ろを見ると、男性はどうやらさっきまで持っていた画材を全て置いてここに来たらしい。
忘れ物はしてないはず、と考えていると絵の具を1つ胸ポケットから差し出した。
「君達と出会えて、とても良かったと思ってるよ」
その言葉を聞き、僕らは次の駅へ歩き始めた。
「2人」の僕らは「独り」になる 遅延式かめたろう @-Suzu-or-Sakusya-
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