2つ、レンズを覗いてみて

 数十分だろうか、次の駅へ歩く途中で足が止まり声がする方を見る。

 やや広いが遊具が少なく感じる公園があり、まだ昼間だからか小学生ぐらいの子供達が遊んでいた。

『きっと、お前はああはなれない。なれなかったんだ』

「分かっては……いるよ」

 別人格は見たくも無い現実から眼を逸らさせないように、アカリの体を使ってまで止めさせる。

 その差は5メートル。

 たったそれだけなのに、どうしても日常と壁を感じてしまう。

 見えないけれど、何度殴っても壊れそうにない分厚い壁。

「この壁はずっと、壊れることは無いんだろうな」

 やり残したことを後悔するように、ゆっくりと手を下ろしたときには重いため息をついていた。

 何度瞬きした所で見えることは無い、心で感じている壁。

 他の人には見えない壁だと知っているのに、頭の中で理解していても心がそれを受け付けない。

 見ていて気分が悪くなったアカリは、かけ離れたものから遠ざかろうと無視して歩き始めた。




 初めて来た駅だというのに、一切迷うことなく切符売り場に来ることが出来た。

 さて、次はどこに行こうか。

 遠くに行けるのならどこでもいい2人は、次の目的地を探す。

「知らない場所ばかり、駅員に聞くのは?」

 アカリは自分から別人格に問いかける。

 最初は何度か行ったことがある駅だったから、すぐに決まることが出来た。

 一応スマホは持って来たが、居場所がばれたくないのと帰りまで充電を持たせたいということで出来るだけ使いたくない。

『それじゃあ、駅員に一番遠い駅を教えてくださいとでも聞くのか?』

「……それだと自殺志願の人と勘違いされる。あながち間違いでは無いけど」

 自殺志願だとばれた場合、親への連絡と強制帰宅が絶対にある。

 特に公共機関で働いている人達に感づかれた場合は、確実になる。

 それだけは避けたい、アカリは誰にも悟られないように自然な体運びで切符を買う。

 高いほど距離が遠くなる。

 クラスの誰かが言った言葉を、思い出しながら。



 電車に乗って、大体1時間だろうか。

 どうやら乗った駅が始発だったらしく、そろそろ終点につきそうになっていた。

 珍しく人がいない車両内は、物音を立てるのに気を使ってしまいそうな程静かになっていた。

「ここまで人がいないのも、珍しい」

『そもそも使う人が少ない駅だったり?』

 出来ればそうでないで欲しいと思ってしまった。

 それでも走るというのは、どれほど親切な路線なのだろうか。

 あるいは別の理由があるのだろうか。

 と考えた所で、あ、とアカリは思い出したように小さな声で続きを話し始める。

「ここは学生が利用するということ?」

『今は11月。ギリ冬休みか』

 それこそ学校によるため、アカリは完全には否定出来なかった。

 そういうものかと別人格は納得すると、ちらりと心という内側からアカリの方を見つめる。

 別にアカリは、そういうのを気にしなくて良くなった年齢でもない。

 しかし進路は決まっているため、学校に行かないといけないという立場でもない。

 まるで子供と大人の間を行き来している不安定な要素だな、と観察していると持って来た小さいバックからスマホを取り出すのが見えた。

『また誰もいない場所を撮るのか』

「人が写っていない写真の方が、心が落ち着くから」

 未だに納得していない、よく聞く返事が返された。

 カシャリ

 普段乗っていたら聞かないスマホのシャッター音が、静かな車両内で響く。

 誰もいない座席達と、ただ身に任せて揺れているつり革。

 窓の外の景色は、何か大きな建物がある訳でも無い。

 それこそただ空間を成り立たせる、ただの背景のように。

「やっぱり、

『……それこそ人によるんじゃないか?』

 まるで自分の気持ちを察しているように、別人格は質問を綺麗に濁らせる。

 またこちらもいつも通りに。

 

 次は終点、××。××。

 

 アナウンスが聞こえると、ゆっくりと立ち上がりドアの方に歩いていく。

 ドアの近くで立っていると、ガラスで出来た窓に自分の顔が写る。



 なんとも言えない、気持ち悪い顔が。

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