「2人」の僕らは「独り」になる

遅延式かめたろう

1つ、僕らは遠くに行った。

 一道灯利、ひとみちあかり。

 これが僕に与えられたこの世界で使う名前。

 そんなことを考えながら、体を回りに合わせて揺らしていた。

 乗りなれた電車の中は快適に思うが、自分以外の人間がいるのが少し嫌だった。


 アカリはある日家を出た。

 しかしそれは半分本当で、半分嘘。

「それじゃあ、行って来ます」

「行ってらっしゃーい」

 別に親がいない家庭でも、人間関係に問題がある生活をしていた訳では無い。

 なんならちょっと裕福な家庭で生まれ、優しい両親から愛情を受けて育ったことを自覚している。だけど、だめだった。

 優しいからこそ、



 

 財布に入れたいつもより多めのお金は、どこまで遠くに行っても問題無いと思い込ませる安心材料だ。だけど、

『それは劇薬にもなる。お前を苦しめさせるものに』

「……それは、どういう意味で言っているのかな」

 切符売り場で移動する駅を探していると、別人格の意思が喋り出す。

 警告文にも感じ取れるが、そんな風に考える余裕すらないアカリには自分を責めている言葉として受け止めることしか出来ない。

 そう歪んだ解釈をすると、思い通りにいかなかった時を思い出す怒りが湧いてきた。

 ぎゅっと握りしめた拳が心臓と同じぐらいの高さで、ふっと力が抜けたように腕がだらんと下がる。

『殴って来ないのか?』

 これは予想外だなぁと呑気に次の手を考える別人格。

 湧いてきた怒りも、金属よりも早く冷めてしまった。

 そう。今のアカリは、そこまで限界の状態になっていたのだ。

「それじゃあ、最初はあそこに行こう」

 希望の光が1ミリも感じられない瞳は、3桁の数字が書かれた場所を1つのみ見つめる。

 料金は片道で300円と、全体的にみると端なのに大変お得な値段。

 これなら大丈夫だろうと決めたアカリは切符を買い、電気で完璧に整備された自動改札機を通っていく。

『平日だというのに、騒がしい事』

 普段から人が多く行き来する駅という訳では無いが、改札機からの音は常に駅員に報告している。しかし今日はその音が、より細かく鳴っていた。

 タイミングを間違えたかと後悔した所で、何かが変わる訳では無い。




 どうせ電車を乗って遠くに行けば、それ以降関わる関係性というものでも無い。

(あぁそうだ。僕はこの人達を知らないし、この人達は僕のことを知らない)

 アカリは決して有名人というわけでも、偉業を成した天才でも無い。

 運動も、センスも、環境も、誰かに褒められてもおかしくない場所は1つも無い。

 気にする前は何とも思っていなかったのに、そういうものだと知ってからは人1倍気にするようになった。

 それは心を空っぽにするには、十分過ぎるトリガーだった。


 次は終点、○○。○○。


 終点と呼ぶアナウンスを聞くと、眠っていた重い体をゆっくりと動かす。

 外に出ると、冷たい空気が肌に鋭い刃のように当たる。

 そういえば今は11月、季節でいえば冬だということを思い出す。

「……ここからどこに行こう」

 目的も無く出てしまったことに、早くも傷害になってしまった。

 別に遠くに行ければいいと思っており、決めたルートがある訳では無い。

 次はどうしようかと、ホームにある座席で考えていると別人格が手を上げた。

『近くの駅でも行くか?』

 体力切れでも無い体は、どこか動きたいと言っている。

 どうやらこの駅では更に遠くに行くことは出来ないらしく、どっちにしろ別の駅へ移動することにした。

 靴は動きやすいスニーカーというのもあり、別に歩けないという訳ではない。

 上着は少なく、最低限寒さをしのげる程度。




 しかし、感覚が薄くなっているアカリにとっては、十分だった。

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