3つ、その足は自然と止まり

 アカリはどこか寄りたい気分だった。

 別にどこか具体的に行きたい場所がある訳では無い。

 ただ、「どこか」に行きたいだけ。

 どうしてこういう時、自分とはこんなに優柔不断なのだろうか。

 はぁ、と思いため息をつくと別人格は気にかけたように話しかけてきた。

『こんな時は、写真を見るのはどうだ?』

「残念、今は1枚だけしかない」

 嘘だ。

 本当は昨日まで撮っていた写真が、スマホの中には入っている。

 だけど、今は見たくなかった。

 見てしまったら今行っていることが全て無意味だと思い込んでしまいそうで、そっとバックの中に取り出したスマホを戻した。




 もう少し遠い所へ。

 その遠くというのはどこまで遠くなのか、何か目標があるというのも無い。

「次の駅は……少し遠いかな」

 歩道の途中にあった地図を見て、次の駅までの道を確認する。

 指でかるくなぞっても、5秒はかかった気がした。

 縮小した地図でもこれほど離れているのか、と肩に乗っていた重荷が更に重く感じた。

『歩いていれば辿り着く。それはどんなに遠くても、だ』

 別人格は気楽に答える。

 それもそうだな、とアカリは諦めたように納得すると身体を90度回転させた。

 長い時間立つだけで身体は悲鳴をあげるだろう。

 それを知っていてアカリは歩き続ける。

 これに意味があるのかどうかも、特に考えずに。




 駅までのルートはそこまで複雑な道では無く、1度曲がるだけで辿り着くというもの。

 ここかな、と曖昧な記憶を頼りに歩いていくと眩しい光が目に入る。

 木陰や短いトンネルは日陰を作り、アカリはその陰の世界を歩いていた。

「……眩しいな」

 明るい場所と暗い場所を行き来する人間でも無いため、急な眩しさに右手で目の近くに影を作った。

 そのまま歩くと、とある看板が目に入る。

 というより自然と足が止まった。

 アカリはこれと言った特に好きなものがある人では無かった。

 周りよりも好奇心や興味を持つタイプでは無く、唯一あるとしたら写真ぐらいだった。

「でも、僕はダメなんだよね」

『ダメだろうな。絵を描いていいなんて、誰が許すだろうか』

 それは子供が親に内緒で作る、2人だけのヒミツの約束事を確認するように話す。

 気が付けば体はある一か所へ導かれるように、公園の中をゆっくり歩いていた。

「言葉通り何も無い、こんな場所を見て何を感じるんですか?」

 知り合いが不思議なことをしていた時のように、アカリは目の前の男性に問いかける。

 男性は、感じるよと当たり前のように答える。

 背もたれが無い椅子に座っている男性は、集中しながらキャンパスに色を塗っていた。

 公園の入り口に書いてあったのは、「絵を描いています」という1文のみ。

 その意味は「来ないで下さい」という意味だと察せたのは、こうやって直接見てから。

 君は絵を見に来たのかな、男性は手を動かしながら後ろにいるアカリに問いかける。

『見たかった訳じゃない』

 そう、と気にかけずに返事をする。

 そのパターンも予想していたのか、或いは既にそういう人物と出会ったのか。

 対応から慣れている様子があった。

 ならどうしてここに? 今度は子供に聞くように、優しい話し方で問いかける。

 相手の目的を何度も問いかける。

 芸術家というのはそういうものなのか、一瞬そう思ってしまった。

 けれどそれはこの目の前の男性だけであって、別に全ての芸術家がみな同じとはイコールにならない。

 なんだかめんどくさい人だなと、珍しく感情的にため息を大きくつく。

「かいてみたい、そう思ったから」

 そう言うと、男性の動きがピタリと止まりゆっくりと体の向きを変えた。

 いたずらしたことがばれた時の子供みたいな顔になっていたが、今のアカリには面白いと感じるものとは遠かった。

 きっとこの男性は気付いてないだろう。

 看板には確かに、体験も出来ますと書いてあったことに。




 優しさという感情が消え去ったアカリは、あえて黙っておくことにした。

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