20人入るカラオケの部屋。
木田りも
20人入るカラオケの部屋。
小説。 20人入るカラオケの部屋。
・この物語はフィクションです。
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「好きな人が出来た」
どんなことをしても付き合いたかったその人に、人として、好きな人が望むこととして最も応援したいことを言われた。応援したい気持ちと、何故自分じゃないんだという気持ちが入り乱れ、崩壊しかける自分を保ちながら、僕たちはあの曲を入れた。僕たちは互いに背中を押し合った。前へ。
前へ。
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昔から一方的な片想い、わがままなほどの気持ちをぶつけるのが癖になっていた。いつしかそれをしないと恋愛じゃないような自分の中でルールも出来ていたし、自分から見てもこんなやつ好きになるやつなんて誰もいないと思えるほどだった。自分が嫌いで仕方なくてどうしたら変われるか、何をしたら良いのかそんな迷いがずっとあって、自分に足りないものをずっと探してた。手当たり次第、恋愛をしようとしてみたり、焦って自分本位のことをしてみたり、とにかく失敗をした。失敗して、間違えて、やっと掴んだ幸せさえも台無しにしてしまったこともあった。その度に落ち込み、忘れ、また次に進んだりしてきた。学習能力はないので、反省しないでまた次に進んだりしている。失敗だらけの人生に飽き飽きして、なんだか変わらないなぁなんて思っていた時に、きっかけが起きた。
大事なことのきっかけほどよく覚えていない。たぶん本当は劇的な出会い方とか、運命的な感じがあれば良いのだけれど、実際の現実においては、何気無いほんの小さな幸せなどがきっかけになったりする(たまたま近くにいたとか)。僕も大衆と同じく、楽しく話をしていたり、共通のことで意気投合したり、何気ない話も笑顔で話したいと思える人が好きになるんだなぁとぼんやり考えていた。好きになってしまう人に条件や決まりなんてものはなかった。年齢とか立場とか権力とかそう言うくだらないものよりももっと、人間的に一緒にいて、楽しい、落ち着く、笑顔になれるか、そこだったのだ。そういった人に片想いをしているのだと強く思う。
届かない想いを今までは無駄だと思っていた。失敗することが怖い、20代も半ばに差し掛かり、一つのことだけを考え続けることが出来なくなってきた。様々なことを複雑に考えながら生きていかなければならない。そのためには、小さなことで一喜一憂できないのだ。だけど、僕は今までの折るだけ折って飛ばすことのなかった紙飛行機たちから着想を得たことがある。まだどこも飛んでいなくても、実際に折って形にしたことに意味があったこと、失敗談って自分だけのものにできてしかもなんだか面白いと言うこと、自分の中で糧になることがだんだん増えてきたこと。そのどれもが愛おしいものであること。自分を認めて、応援できるようになったこと。前へ前へ進んでいけるようになった。紙飛行機をいつのまにか遠くまで飛ばせるようになれた。
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・脳内ラップ。
こんな優良物件はない、そんなこと言っても仕方ない、君にとっての僕?親友?そんなの理想?じゃない、僕に向くことはない、そんなの知らない、聞いてない、ナイナイ、でも、あきらめられない。 さんきゅー。
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あなたと初めて会った時から、違うものを感じてた。これは言い過ぎかもしれないが確かに魅力的で、でもどこか手が届かなそうなところにずっといる人だった。今目の前にいる彼女と、きっと、過去を重ねてきて、それなりに関係性を作ったからこそ起きている感情なのだと思う。酔っ払って突発的だとか、衝動的にとかそんな1日2日の気の迷いではないもっと奥深くまで染み込んでしまった感情は、そう簡単に払拭できないんだなと笑った。その場その場で上手いこと乗り越えてきてた僕にとって積み重ねがこんなに影響するなんて、とびっくりしている。
あなたと2人で会うことが増えてきた。あなたは、そういったことにはまあまあ適当で、いま一緒にいるのだって男女の友情が成立した信頼からなるものだった。だからこのままずっと友達でいられるならそれもすごく幸せなことだと思ったりもするけど、いつの間にか、愛されたいと願って世界が表情を変えたとしても僕はあなたと幸せになりたいと思うようになっていた。
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・きっかけの日。
残業でお疲れ気味に見えたあなたとCoCo壱に行った。僕もなかなか行かない店舗だったので久しぶりに楽しんだ。あなたは初めてだったので楽しそうにしていた。カレーの辛口の基準は何なのか、1辛から2辛はどのくらい違うのか、とかそんなくだらない会話がまるで家の中で家庭的な話をしてるみたいで楽しかったのを覚えている。あなたと話すとどんな話でも興味が出てくるし、楽しいと思えてしまうのだ。猫舌の僕たち、思ったより辛い2辛、エンタの神様に出てた古い芸人の思い出話、まだ行ったことのないお店、今度行こうと約束したあなたにとって初めての吉野屋。2日経っても覚えている。その後は前2人で行ってとても満足したバーに行こうと思っていたのだけれど満席で1時間待ち。そこでは君からの提案であのカラオケが決まったのだった。この時に始まった。
一通り歌い合ってちょっとだけ落ち着いて、互いの好きなものを知ったりして、お酒が進んだ。そこであの朝4時ごろ、困ったことが起きたのだ。
「そうそう、好きな人が出来た」
少し照れくさそうにいうあなたに対して実に困った。なんでかというと、僕はあなたに告白できる機会があったらしようと思っていたからだ。たぶんそれを言われた瞬間の僕は動揺を隠すのに必死で顔がひきつっていたのではないかと思う。
そこで、今までの僕だったら、たぶん悪態ついて、何かしらのくだらない理由をつけて諦めようとするかっこ悪い男だった。しかし、その時の感情変化は自分でも不思議なものだった。
「本当にあなたとその好きな人が上手くいってほしい。」
と、心からそう言っていた。一言一句そのまま。
ただそれだけだった。強がりでもかっこつけてるわけでもない。本当に心の底からその感情が出てきた。もちろん何故、僕じゃないのかという感情がないわけではない。むしろその感情も同じくらい混在している。しかし口から出ていたのは、あなたから求められた好きな人に対してどうすれば良いかなぁということへの僕なりのアドバイスだった。恋愛下手だからアドバイスというのもちょっと違うと思うが、行動出来ずに悩んでると言っていたので、初めの1歩に対して背中を押してあげたいと思った。あなたが好きな人と仲の良い上司に協力を仰いでみたら?とか、無理ない程度に違和感ない程度に声をかけてみたら?とか考えればいろんな意見が出てきた。
無論、この時はまだ自分があなたを好きとは伝えていない。まあ、この後に伝えてしまう。それはきっとあなたを困らせる僕のズルい部分だと思った。一通り悩みを聞き、僕なりのアドバイスをして、僕はトイレに行き気持ちを落ち着かせた。戻ると会話の流れは風のようにかわり、あなたは僕に聞いてきた。
「○○はそういうのないの?」
来てしまった。ついに。そこで僕は有耶無耶にするか悩んだ。言わずにそれなりのしあわせのぬるま湯に入り続けようか悩んだけど、僕も前に進みたいと思っていた。コーラハイボールを飲んでいた衝動もあるかもしれない。上を見上げ、少し考えて、悩んでいて、見つめてまためをそらして、一瞬、不確かな時間が流れて2人で混乱した間があったなぁ。
「困ったことがあってね」
なんか少し博識ぶって、昔の作家さんみたいな口調になっていた。どうにかダサくならないように言葉を選びながら、じぶんってまだまだ若いんだなぁって思いながら、それでもあなたのことを想いながら、言葉を紡いでいって。前よりも真面目になろうとしてること。その人に正直になろうとしてること。でもそれも今すぐには叶いそうにないこと。不安定で少し酔った頭を保ちつつ、あなたに対して想いを伝えた。困った時間、困った顔。ゆっくり流れる時間。退室まであと1時間半くらい。お互いがお互いを励まし、慰め合い、背中を強く叩いた。退室30分前。僕たちはまた歌いたくなった。僕は最後に、いきものがかりの『笑ってたいんだ』。あなたはいきものがかりの『風が吹いている』を入れた。
感情に任せて思いっきり歌った。陽はまた昇るのだと思った。どんなことがあっても何が起きても、明日は来て時間は進む。前を向こう、そんなことを思いながら歌っていたら感情がオーバーラップして、涙が溢れてきた。あなたのマイクから聞こえる声も少し震えていた。流れに身を任せ、乗っかりそのままの感情で顔がぐしゃぐしゃになりながら僕たちは歌った。ここ最近起きたどんなことよりも爽快な気分だった。本当に楽しかった。
僕たちは互いを激励し、外に出る。
入った時は夜だった外に、朝陽が登っていた。明るい町、これから活動を始める町。
僕たちもそこにいて、動き始める町。
この先、どんな景色が見えてくるか楽しみだ。あの頃と違う自分、あと少し。
今もあなたが好きだと言って歌っていた曲を何度も聞いている。また機会があればあなたの声を聞きたい。
おわり。
あとがき
この本は書き上げなければならないと思った。自分の中で忘れちゃいけない感情、それも誰かに訴える、伝えるというよりも、自分の中で、このぐちゃぐちゃな感情を言語化しないと気が済まない使命感に駆られた。人生はやっぱりうまくいかないのだ。それに対して憤慨ばかりしていたあの頃。それが過去になった瞬間だった。うまくいかないことを心の底から受け入れ、楽しめるようになった自分が好きないたのだ。それなりに、歳を重ね、たぶん良いふうに歳を重ねていけたのだと思う。仕事も生活も忙しいことには変わりないし、怒られたりすると不貞腐れる自分のカッコ悪い部分は割と変わってないけど、人として、自分の人生として魅力的な人間になっていけたらという良い1日を経験できたのだ。まあ、無理はしないで、頑張っていくという僕の自己満足な語りだと思って読んでもらえれば幸いです。フレーズに様々なJ-POPの歌詞など使用しました。気づいた人はニヤニヤしてください。
この小説を最後までお読みくださりありがとうございました。読者の皆様に幸せが訪れますよう。
20人入るカラオケの部屋。 木田りも @kidarimo777
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