第3話少女をかう3

 入学してから二ヶ月の時が過ぎた。その結果、私の周りには誰一人とて友達と呼べるものはいなかった。いや、唯一瞳だけがいたけれど、彼女ともあまり接する機会がなくなった。

 私は学校に通う事はしていた。けれど、授業には出なかった。理由は、いじめと言えばいいのだろうか?いや、ことが起きていないのだから、その表現は違う気がする。妄想の中のいじめが適切かもしれない。

 実際に何か言われるわけではないけれど、私が席に着けば何からしら小声で会話をする者が現れる。本人を目の前にして良く出来るなと感心しながらも、きっと私の悪口を言っているんだろうと悲しくなる。

 だからその場に居づらくなって、毎回屋上に逃げ込んでしまう。屋上の鍵は知らない女からもらったものを使用できたので、毎度毎度訪れてしまう。


「やあ、今日もいるね!」

「またか。」


 こうやって逃げてくると、なぜかあの女が現れてくる。まるで私の後をつけてきたように、タイミングよく入ってくる。


「何して遊ぶ?」

「何もしません。私はいつも通り読書をしておきます。」

「毎回聞くけど、何が楽しいの?」

「さあ、何が楽しいんでしょうね?」


 私に分かるわけがない。何が楽しくて皆んなが楽しく授業を受けている間に本を読まないといけないの?私だって、あの場にいたいと思うのに、体と心がバラバラだ。


「ねえ、今日こそはお話を聞いてくれないかな?」

「……」

「ねえってば!」

「……」

「私泣いちゃうよ?」

「……」


 しつこい。毎度同じように絡んできていい加減にして欲しい。こっちは常に苛立ちを覚えているんだから、それ以上怒らせないようにしてほしい。

 とはいえ、この人はそんな事を気にしない。分かっていてなお私が嫌がる事をする。まるで見透かしているような眼の奥に何か黒いものがあり、私をその中へ引きづり込もうとしている。少しでも私が話に入ろうものなら、一瞬で引き込まれてしまう。この女には最大限の注意をしないといけない。


「……」

「そう言えば、君のクラスにっていう子が居るよね?」

「……」

 

 唐突に名前が挙がる。意図してか、それとも偶然かその名前が目の前の女の口からこぼれて、私は一瞬反応してしまった。本当はどうでもいい事のように聞き流すべきだったのに、私は隙を見せてしまった。そして、その隙を目の前の女が見逃す訳もなく、付けいるように語り始めた。


「クラスメイトなのかな?それとももっと近しい仲かな?」

「……」

「当たってるみたいだね。もしかして、友達?……あ、これは違うんだ。」


 私は顔色一つ変えていないはずなのに、色々特定していく。元々知っていた情報も交えながらだろうけど、どう考えても洞察力が高すぎる。ただの女子高生とは到底思えないほどだ。

 

「実はさ、瞳ちゃんが生徒会に呼ばれたのを知ってる?」

「……」

「知らないんだ。……随分と面白そうな関係だね。そう言えば、噂で聞いたんだけど、瞳ちゃんは寮で2人部屋でちょっと特殊な子と暮らしてるらしいね。寮生は基本一人部屋なのに、二人部屋なのはかなり珍しいよね。しかも、瞳ちゃんを従者扱いで一緒に暮らしてる子はVIP待遇を受けてるみたいだ。いったいどんな子が来たのかな?」


 女の口数が徐々に増えていく。喋りたい事を自由気ままに話し、常に疑問形で進める。答えを持っているのに、あえて答えを出さず導いているかのよう。そして、その答えを私の口から出させようとしている。


「紫ちゃんは、その子の事を知ってるかな?……て、その事は今関係ないね。話の続きをするね。瞳ちゃんが何で生徒会に呼ばれたかなんだけど、生徒会の空席の場に推薦されたらしいんだ。」

「……」

「なんでも、副会長がその子を気に入ったらしくて、成績も優秀だから入れたいって。」

「……どうなったのですか?」


 私は口を開いた。これ以上黙っていてもこの人はしゃべり続けるだろうし、その隙を見せてしまったのは私のミスだ。だからこそ、意味もない意地を張るのをやめて観念した。それに、一つ気がかりな事があった。

 

「やっと口をきいてくれた!お姉さんは嬉しいな!」

「話さないなら、もう口をききませんよ。」

「ごめん、つい嬉しくなって。瞳ちゃんの推薦なんだけど、生徒会長が拒否したんだよ。」

「なぜ、ですか?」

「なぜだと思う?」


 面白い事を見つけたかのように聞いてくる。自分の思うような回答をするか試しているかのよう。弄ばれているかは不愉快ではあったけど、自分なりに思考した。副会長が気に入るような優秀な子を拒否するような人間がどのような考えをするか、これまでであった人間を基に考察する。捻くれた人間、とは違うけれどその方向性のような気がする。そして、生徒会長でも自己中心的な理由だけでは納得させれないだろうから、何個かそれらしい理由を並べて隠したはず。そうなると、納得させるための理由はどうでもいいから、一番考えないといけないのはどうしようもなく個人的な理由。

 

「一番の理由は、個人的に気に入った人間がいたからですかね?」

「正解!とーっても勧誘したい子がいたらしいんだ。それと、瞳ちゃんが気に入らなかったんだって。」

「……」

「会長が言うには、つまらない子はいらないって。」


 自分を自制し、なんとか振り上げそうな手を抑える。生徒会長に瞳の何が分かるのかと口頭で言ってやりたい。今は怒りを抑えているけど、その生徒会長とやらを見たら手を出してしまうかもしれない。

 でも、私が本当にそんな事をしていいのかと思う節がある。何故なら、つまらなくしてしまったのは私自身だから。その私が、瞳の代わりに怒るなんて許されるのだろうか?


「その事は瞳の前で行われたのですか?」

「そうだよ。生徒会長ってば、その子の前で堂々と言っちゃったんだよ。何考えてるんだろうね?瞳ちゃんも何も言い返さずに、ただ分かりましたとだけ言ってさ。」

「そうですか。」


 その時の瞳は何を思っていたのだろうか?怒り、憎しみ、悲しみ?私には分からない。瞳が一体どんな心情であったか察してあげれない。そんな私はやはり彼女の代わりに怒るべきでは無い。


「……どうして、私にその話をしたのですか?」

「どうしてだと思う?私はこの話をして君に何をさせたいと思う?」

「……勧誘ですか?」

「大正解!!生徒会長直々に君を連れてくるように通達されてるんだ!」


 面倒事になりそうだ。

 生徒会に勧誘?今の話を聞いて、どう考えれば勧誘に成功できると思ったの?しかも、もし入ったとして必ず瞳の怒りを買うはずだ。もしかしたら、何も口にしないかもしれないけれど、絶対に私たちの間に溝ができるはず。そんな事絶対にしたく無い。


「お断りします。」

「まあそうだよね。」

「今の話を聞いて、勧誘できる人なんていませんよ。」

「そうかな?私は勧誘できる可能性もあると思ってたけど。」

「ありませんよ。瞳は成績優秀者で人格者です。その代わりなんてみんなやりたいとは思いませんよ。」

「いやいや、私が言ってるのは代わりじゃ無いよ。どちらかと言うと瞳ちゃんが代わりかな?あくまでも、最初に上がったのは紫ちゃん、君だよ。」


 狙い澄ましたかのように目を細める。まるでこの後に勝算があるかのような意思。この人は一体何を考えているのだろうか?


「私はさ、君の勧誘のためにとある情報をもらってるんだ。」

「……」

「君の家、特別なんだってね。」

「……っ!」


 奥歯を噛み締め、沸る怒りを無理やり抑える。それが爆発しないように、右手をを力強く握りしめて自傷する。

 

「ちょっと私に着いて来てよ。もちろん行き先は生徒会室。生徒会長が待ってるからさ。」

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