第1話少女をかう1

 春の訪れ。

 それは誰しもが経験し、誰しもが嫌がり、誰しもが喜び、誰しもが受け入れなければならないもの。

 その中でも、私にとっては喜ばしいものだったりする。


 親からの卒業。

 私はこの春から寮生活になる。

 嫌だった家から脱却する。


「紫さん、肩に花弁が……」

「それぐらい、自分で取れるわ。それよりも、あんたの頭の花弁を取ったほうがいいんじゃない?」

「すみません。」


 伸ばそうとしてきた手を払う。

 ちょっとだけ鼓動が早くなり、頬を赤くしてしまう。

 いつもと同じ距離なのに、大人びた瞳の姿は儚くてきれいだ。

 私なんかよりもとってもキレイで…………でも、昔の方が良かったと思う自分もいる。


「入学式を行う場所は、こっちで合ってるのよね?」

「間違いありません。人の流れに沿っていけば大丈夫です。」


 道を確認して私は歩き続ける。

 人の流れに身を任せて、吸い込まれるように人が入っていく建物へ入る。


 その建物の入り口では「受付」と書かれたプレートが置かれる机があった。

 そこでは私達と同じ1年生らしい人達が並んでいた。

 私達もその流れに合わせるように列へ並ぶ。


 私達の番が来ると、名前を告げる。

 すると、座席の番号とA4の封筒をそれぞれ渡される。


「私は前から2列目ね。あなたわ?」

「私は4列目です。離れていますね。」 

「私がいないからと、粗相を侵さないように。それと、入学生代表の言葉………私に泥を被せないようにね。」

「承知しています。」


 小言を言い終えると、それぞれの座席に向かう。

 席に着くと、視線だけを他方へ向ける。

 入学する前から知っていた情報ではあるけど、周りにいる生徒は皆上品さを兼ね備えている。

 お嬢様学校という事もあり、入学してくる人間はそれなりのようだ。


 それに比べて私はというと、大した品性もない。

 ちょっとだけ裕福で、運が良かっただけ。


「これより、入学式が始まります!」


 規定の時間になるとアナウンスがかかる。

 それと同時に人の音がなくなり、入学式が始まる。

 式が始まってみれば私は上品なお嬢様を演じる。

 変に目立たず、周りの生徒に染まる。


 しかし、お嬢様学校と言うから入学式は特別なのかと思っていたけど、そこらの学校のものと大した差はないらしい。

 正直、こういった催しは面倒くさいので、今にも外に出ていきたい。

 けど、そんな目立ってしまうような行動はできない。


「続いて、入学生代表の言葉です。入学生代表…桜田瞳さんは壇上へ上がりください。」

「(もうそこまで進んだのね……)」


 記憶にあるスケジュールから辿るに、後半に入ったようだ。

 それにしても、入学生代表とは流石という言葉しか出ない。

 お嬢様で無い一般女性である瞳が、一学年の代表になれるとは考え深い。


 知り合った時から他の人とは一目置いていたけれど、改めて考えると素養はあったのかもしれない。

 生まれてくる場所を間違えた…そう思ってしまう。


 心地よい声を傍らに私は過去を思い出す。

 忌まわしくもあり、苦痛であり、私を乗っ取ろうとする記憶。

 私を形成する前から存在した記憶。


 人はこの記憶を前世の記憶と呼称する。

 とはいえ、誰かに聴いたことがあるわけではないので、私がつけた名称だ。


 この記憶は私を私ではないものにしてしまう。

 一人孤独で死んでいった人間に変えようとしてしてしまう。

 誰からも好かれず、誰からも嫌わせず、誰からも興味を持たれない……そんな人間へ。


「紫さん、どうかしましたか?」

「…………いえ、何でもないわ。」


 意識が戻ってくると、私は教室の机に座っていた。

 どうやら私はまた、あの記憶の主に乗っ取られていたらしい。

 いや、無意識に体が動いていたという方が合っているかもしれない。

 本当に厄介なものだ。


「そう言えば、同じクラスになったのね。」

「そうですが……先程その話、しましたよね?大丈夫ですか?」

「そうだったかしら?」


 知らぬ間に、会話もしていたらしい。

 本当に厄介だ。


「……紫さん、瞳さん、続きを聞いても良いですか?」


 気がつくと、目の前に女性がいた。

 どうやら私は彼女とも話をしていたらしい。

 何を話していたのかは分からないけど、話を進めるように促した。


「お2人はどんな関係なのでしょうか?少し、特別な関係のように見えますね。」


 私は瞳の方を向く。

 目配せをして、瞳の合図を受け取ると答えた、。


「私と瞳は家族なの。」

「そうなのですか?ですが、苗字が違いますよね?もしかして、訳ありと言うモノでしょうか?」

「ちょっとね。」


 すると、目の前の女性は申し訳そうな顔をする。

 むしろ、同情をされる方が私は苦痛だが、そんなことを言えば面倒になるかもしれない。

 私は静かに、彼女の言葉を受け入れた。


「それは……すみません。」

「気にしてないわ。よく聞かれるから慣れてるの。」


 そっと瞳の方を向く。

 まるでこっちを睨んでいるような……いや、完全に睨んでいる。

 分かっていて、今までも同じようだったから、慣れてはいる。

 けど、やっぱり辛い。


「そうです!お2人はこの後の予定はあるでしょうか?」 

「瞳、どうなっているかしら?」

「後は寮に赴くだけですので、時間はありますよ。」

「あら?ホームルームは無いのかしら?」

「何を言ってるんですか?先程終わったばかりじゃないですか。」

「??……ぁぁ、そういう事。」


 どうやら、私の意識が混濁していた間、ホームルームは終わってしまったみたい。

 せっかく自己紹介の場で、顔と名前を覚えようと思っていたのに。


「本当に大丈夫ですか?体調でも悪いのではないですか?」

「少しボーッとしていただけよ。それよりも、私達の予定を聞いてきたってことは、何かのお誘いをしたいと言う事よね?」

「はい。お隣の席なったご縁として、この後開かれるお茶会にご紹介をと思いまして。」


 何だかダルそう。

 けど、こういう事をしてこそ、人間関係が形成される。

 私にとって嫌な事で、やらないといけない事。

 また1人ぼっちになってしまわないように。


「時間もありますし、良いのではないですか?」

「…………ねぇ、そのお誘いは瞳も行っていいのかしら?」

「構いませんよ。」

「そう……なら……」 


 瞳も居るなら、少しは気が楽かも。

 退屈な時間では無くなってくれるはず。


「瞳、貴方も……」


 言いかけた言葉を閉ざす。

 周りの視線、会話から私は止まった。

 それを言えなくなってしまった。


「紫さん?」

「貴方が私の代わりに行きなさい。」

「え?紫さんは?」

「用事を思い出したの。貴方には関係ないことだから、私の代わりに行きなさい。」

「……分かりました。」


 それだけ伝えると私は席を立った。

 この場に居ることが耐えきれなくて、とにかく離れた所に行きたかった。

 人が少ない場所へと移動していき、気がつけば屋上にいた。

 人を避け続けた結果が屋上とはなんとも皮肉的だ。

 まるで私を嘲笑っているかのようで、私を放さないようにしているみたい。


「何で逃げちゃったんだろう……」


 体育座りでため息をつく。

 地元を離れれば高校生らしい生活が出来ると思ってた。

 ねど、現実はそんな事無くて、何処からか噂が立ってしまう。


 別に私自身には何の繋がりも無いのに、父親の職と関係づけられてしまう。

 もう一度与えられた人生さえも、私は楽しめないなんて。


「こんな所でどうしたのですか?」 

「!?」


 人の声が聞こえた。

 しかし、辺りを見渡さても誰もいない。


「あ、上だよ上。」

「?」


 恐る恐る上を向く。

 太陽の光で顔はよく見えないけど、人がいた。


「こんな所で何してるの?」

「…………」


 再度同じような質問をされる。

 けど、不審者と会話をしようとは思わないので、無言を貫く。


「あれ?声が聞こえなてない感じ?でも、さっき聞こえてたよね?」

「…………」

「そんな怪しいものを見る目をしないでよ。私は怪しい人じゃないよ。」

「不審者はみんなそう言います。」

「やっと話してくれたね。にしても不審者呼ばわりは悲しいな。これでも私は……と、これはいっか。」


 何かを話そうとしてやめた。

 聞く気がなかったので、煩わしい声を聞かずに済んだ。


「ねぇ、ここが立ち入り禁止の場所だって知ってる?生徒は入ってきちゃダメなんだよ?」

「知りませんし、知る必要はありません。それなら、立ち入り禁止と知ってこの場にいるあなたはどうなんですか?」

「私?私は良いんだよ。」

「他人はダメで自分は良い、ですか。何とも自己中心的ですね。」

「それはちょっと違うんだな。入っていい理由はあるんだよ。けどまあ、君の言い分も分かるよ。だから、お互いにこの場所にいた事は内緒にしようね。」

「嫌だと言えば?」

「そしたら……私が泣く。無様に泣き叫ぶよ。」


 この人は何なんだろう?

 終始ニコニコしてて気持ち悪いし、その上隙がない。

 会話はちょっとした遊びで、本命は品定めをすることの様な。

 瞳とは似ても似つかない人物だ。


「と、そろそろ行かないとな。君、これあげる!」


 上から何かを放り投げられる。

 太陽の光を反射しながら、放物線を描くように落下した。

 それを両手で受け止め、眺める。


「?……鍵?」

「屋上の鍵のスペアだよ。今後、貴方には必要そうだからあげる。」


 そう言うと去ってしまった。

 一体彼女は誰だったんだろう?

 逆光によって、顔も分からなかった。

 唯一知れたのは、この屋上の鍵を持つ権限を持っていて、スペアまで作れる生徒であると言うこと。

 学園内においてそれなりの地位にいる人物か、そもそも学園側が好きにさせなければ首を飛ばされてしまう様なお嬢様か。

 どちらにしろ、敵に回さない方がいい人物。

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