第7話少女を買う7

 灯籠祭についての話を終えると私はそそくさと帰ることにした。

 その場に残るのは気が引けてしまったからだ。

 それと、早く帰らないと他の生徒と鉢合わせる可能性がある。

 今は部活動を嗜んでいる時間であり、下校する人は少ない。

 ゆったりとした足取りで歩いていると、校門の前に一台の車が止まっていた。

 見覚えのあり、ため息がつい出てしまう。

 嫌な気持ちを押し殺して、平然を装う。

 そして、意を決して足を進めると、黒いスーツを纏った大男が姿を表した。


「お嬢、よかったです。至急御伝達しなければならない事がありまして……」

「……分かったわ。何処かへ行く必要は?」

親父おやじさんから連れてくるようにと言われてます。」

「瞳は?」

「親父さんからはお嬢だけ連れ帰るようにと言われてます。あの子には後ほど連絡を入れる予定です。」

「そう……、連絡は私からするから、早く連れて行ってちょうだい。」

「かしこまりました。」


 後部席に乗り込み、スマホを取り出して連絡をする。

 短く簡素な言葉を打ち込み、ため息をこぼしながら送信した。

 自分でも良くないと思っているけれど、態度を改める事ができない。

 意地を張っているつもりはないけど、頑固なのが目立っているみたい。

 遺伝なのかもしれないと思いながら頭を抱えてしまう。


「少しお話いいですか?」

「いいわよ。……ただ、話すのに夢中になって、運転を疎かにしないでね。」

「承知しています。……親父さんに呼ばれた件ですが、2点ほどありまして、正直どちらもいい話ではないです。」


 握っていた手の力が強くなる。

 苛立ち似た感情が湧き上がってて来た。


「マル暴の方からお嬢についての詮索が入りました。現状何も起きていませんが、警戒の方をお願いします。」

「警察………それは……いえ、これは仮定ね。」

「……お嬢どうしました?……既に接触が!?」

「そうではないけど……、まあ、それについては気にしなくていいと思う。」


 握っていた力が緩まる。

 警察というのは生徒会長…輪王寺の手の者と考えて良さそうね。

 灯籠祭に警備を増やすといっていたのと合わせると、マークされているのかもしれない。

 こっちの関係者に疑いを向けられるのは仕方ないことだから、今は多めに見るしかない。


「最近、不審者が出てるらしくて、警備の強化があったらしいの。多分、その不審者が私たちのものだと思われている可能性があるわ。下手に動いて不信に思われたくないし、変に動かないように言っておいて。」

「そうですか。……しかし、不審者とは……繋がりがあるかもしれませんね。」

「繋がり?」

「2点目の悪い事です。例の男が戻って来ました。」

「………………あいつが?」


 力が抜ける。

 驚きと言うよりも静かな憎悪が全身を脱力させた。

 あの男と関わるのはまだ後だと思っていた。

 しかし、まさかこのタイミングとは思いもよらなかった。


「身柄の確保は?」

「まだ目撃情報だけです。」

「その情報は確かなの?嘘…ではいでしょうね?」

「それは確かです。監視カメラにはっきりと写っていました。」


 あの男がわざわざこちらのテリトリーに証拠が残る形でノコノコ現れるとは考え辛い。

 とは言え、監視カメラ越しに写ったのであれば見過ごせるはずもない。

 これはなんとしても身柄の確保が優先だ。

 瞳に情報がいく前になんとかしなければ。


「親父さんは例の男が真っ先に接触を図るのはお嬢だと考えています。」

「……その可能性はあるでしょうね。」

「ですので、今回呼ばれたのは身の安全の確認だと思ってください。それから、なぜあの子が呼ばれなかったかと言うと、繋がっている可能性があるからです。」

「は?何を考えてるの?そんなわけないでしょ?」

「お嬢の気持ちも分かりますが、万が一を考えなければなりません。今回の事はお嬢のためなので、どうにか怒りをおさめてください。」

「はいそうですかと言えるわけないでしょ!?それこそ、一番あの男が接触しそうなのは瞳なのよ!?」

「ですので、別に待機をさせております。」

「っ!!」


 怒りが沸々と煮え切り立つ。

 こんな事が本当に許されていいのかと問い掛けたくなる。

 自身も同罪であると分かっているから、さらなる罪を増やすことに反対したくなる。

 例え立場上それを飲み込まなければいけないとしても、私は瞳を傷つけたくない。


 この人達は今更何をしたって何も思わない。

 それが当たり前。

 私にこんな事を簡単にして欲しいと思っている。

 だからこそ、心のどこかでこの人達を嫌っている。

 なぜなら悪人であり、罪を増やす罪人達だから。

 だからあの家が嫌だった。

 わざわざあそこから離れた場所を選んだのに、戻らされるなんてあんまりだ。


「お嬢、私情で聞きたい事があるのですがいいですか?」

「何?」

「あの子にあの事を言わなくていいのですか?」

「言う事なんて何一つないわ。瞳が見た事が事実なのよ。」

「ですが……」

「それはあの時に終わった事なの!私をこれ以上イラつかさせないで!」

「口が過ぎました。」


 頭を抱えてしまう。

 まさかあの事まで聞いてくるなんて、神経を疑う。

 今の状況であれを言えば私が何を思うのかなんて分かりきっていると言うのに。

 こんな無神経なのが私の警護である事が腹立たしい。


 無神経な一言から口を開く事なく実家に着いてしまった。

 結局静寂の時間では虫の居所が悪いままだったため、怒りの矛先を見つけたい。

 鋭利なものがあればすぐにでも使ってあげるのに、都合のいいものが転がっているわけがない。

 本当にどうしようもない。


「お嬢、お待ちしておりました。親父はこちらです。」


 先ほどの護衛より一つ上の人間が案内をしてくれる。

 内装を知っている実家とはいえ、人1人探すには広過ぎるため静かに従う。

 床の軋む音があちこちから鳴っていて、今慌ただしい事が感じられる。

 あの男が戻って来た事がかなり厄介なのかもしれない。


「気になりますか?」

「少しね。あの男が帰って来ただけで、ここまで騒ぐ必要があるのかしら?」

「既に話は耳に入っているようですね。しかし先ほど、新情報が入りまして……あの男のバックに対立してる組の存在が仄めかされました。その事実確認と精査を行なってます。それから、耳に入っていると思いますが、マル暴がお嬢の詮索を入っている件で後日向こうから来ることが分かりました。それで、姐さんとともに掃除の方をしてます。」

「走り回っているのはそう言う事ね。確かに、急に来て変な物があれば困るからね。」


 事情確認が終わった所で部屋の前に到着した。

 目の前の部屋からは他の部屋とは違いあっを感じる。

 正直、下の者を働かせていておいて自分はふんぞり返っているだけとはいいご身分だと言いいながら堂々と入りたい。

 でも、私にはそれを出来ない理由がある。

 

「入れ。」

「…………」


 扉の前に立つなり声がかかる。

 強い圧を感じて体が固まってしまいそう。

 怖気づいてしまう心を何とか押し殺して、どうにか体を動かしていく。


「……ただいま帰りました。」

「お帰り。」


 腕を組み、その男は鎮座している。

 話し相手の私と目を合わそうとしないのに、今にでも私を殺せそうだ。

 この人の前では私はただそこら辺の石ころと変わらないのだと思わされる。


「どうした?座らないのか?」

「……座らせてもらうわ。」


 慎重に行動する。

 少しでも間違った行動をすれば、首が飛びそうだ。

 目の前の男の冷静さが、冷酷さを表しているかのようだ。


「元気そうだな。」

「……ええ。」

「学校で、何かあったか?」


 この質問は、私に対してへまをしたかと聞いてるはず。

 こんなのに堂々と『はい。』とは言えない。

 でも、虚偽をする勇気もない。

 

「先輩の中に警察の関係者が居ました。その人から、少しだけつつかれる事がありまして……」

「そうか。」

「しかも、生徒会の関係者で、入るように言われました。」

「…………よかったじゃないか。入る事にしたのか?」

「色々ありまして、そうなりました。」


 棒読みで褒められてもうれしくない。

 しかし、警察の関係者との接触があったのに何も触れてこないのは違和感がある。

 声色に出ていないだけで、心の中で何か思っているのかもしれない。


「……怒らないのですか?」

「何を?」

「警察の関係者と接触したことです。」

「起きたことは仕方ない。どう関係を気付いて行くか気を付けておけばそれ以上望まない。」


 憤慨し罵倒をされるか、物を投げつけられるとかは考えていたけど、何もしてこなかった。

 しかも、起きてしまった以上、それをうまく活用して利を生み出せと言われた。

 トップになっただけあって、感情論では動かないらしい。

 ただ、次を間違えればそれこそ、私はただでは済まないと思う。


「……き、聞きたい事があるの。」

「なんだ?」

「なんで、瞳は呼ばなかったの?」

「聞いて無いのか?瞳は……」

「聞いてる!……だけど、あの子があの男と繋がってるわけっ!」

「仮に、繋がってなくてもだ。……いいか、物を考える気は常にリスクとリターンを考えろ。時期後釜として、甘い考えは捨てろと言っただろ?」

「……はい。」

「それに、その件において、お前は娘としてではなく、個人として俺に借金を背負った。その分として、こっちの指示に従ってもらう。」

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私は少女を飼う 雪の降る冬 @yukinofurufuyu

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