フィア・マギアグリフ、騎士になる。

 罪結晶の呪いを騎士に知ってもらい無罪を証明した私は、ストックさんに連行されていた。


「あ、あの、ここって……?」


 連れてこられたのはハサミのマークが目立つオシャレな建物。

 私のような人間は絶対に立ち寄らない……というか近寄りたくもない眩しいオーラを放つそこは、ガラス越しに見える客の姿でより一層輝く。

 ああ、聞くまでもない。紛れもなく、どこからどう見ても……。


「美容室よ。私イチオシのね」

「か、帰ります!」

「あなたが有罪だと証言しましょうか」

「酷い脅しだ……!」

「第一、あなたは私に逆らえないでしょう? 私が居なかったらあなた今頃は尋問されて次の日には断頭台よ」

「そ、それは、それはそうですけど! でもなんで美容室なんですか!?」


 私の言葉に、ストックさんはわなわなと震え始める。


「見苦しいからよ! そのボサボサの頭! 素体はいいのになんの手入れもしていないから台無しじゃない! あー、ほら早くしなさい。切り終わったら次は洋服よ。そこの妖精さんもね」

「え、あたしもかよ!?」


 悠長に構えていたエアリーは、頭の後ろで組んでいた手を離して私と顔を見合せた。

 ……腹を括るしかないらしい。


 ――美容院へは既に予約していたらしく、スムーズに席へ案内された私とエアリーはそのまま有無を言わさずに髪を切り揃えられた。

 これも未来視通りなのだろうか……?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ほら、着替えたら出る! 長居してたら他のお客さんに迷惑でしょ」

「い、いやだってこれ……みじか……」


 髪を切り終えすぐに隣の洋服屋へ直行し、私は強引に服を着せられた。

 こんな服着たことないし、しかも人前だなんて恥ずかしいに決まってる。


「フィアー、あきらめろー」

「うぅ……な、なんでエアリーはそのままなんですか……!」

「そのまま?そのままですって?! 素朴なワンピースからフリルやリボン付きの可愛らしい白ワンピを着こなすエアリーを見て感想が『そのまま』!? は~~! これだから錆臭い女は!」

「さびくさ、え? 美容室で頭を洗われて臭くないはずなんですけど……え、クサい……?」

「「まぁ、そこそこ」」

「クサいんだ!? うぅ、やだぁ……」


 試着室の中でうずくまる。確かに煤臭いし、汗臭い。最悪だ。


「だ、大丈夫よ……接近しなければ気付かないくらいだし。だから早く出なさい」

「……うぅ、はい……」


 観念した私は、試着室のカーテンを開ける。

 その瞬間、どよめいた。


「むぅ……我ながらいいセンス……似合うじゃない」

「あぁ、誰かと思った」

「これ、コルセット……って言うんですか? お腹がすごく苦しいんですけど……」

じき慣れるわよ」


 満足気にそう言ったストックさんが何かを魔法を使用すると、一瞬パシャっと光を放った。

 

 コルセットで体のシルエットが強調されてるし、ミニスカートのせいで太ももまで露出してる。

 恥ずかしい……けど、でも……改めてよく見ると――


「かわいい、かも……ふへ……」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 おめかしがようやく済んで、最後に連れてこられた場所は、魔物関連の厄介事をクエストとして騎士や冒険者に依頼する《ギルド》だった。


「ここがギルドか。なんか祭りみたいだな」


 ギルドの様子をエアリーはそう言ってジト~っと眺めていた。

 王都東門前の広場が丸ごとギルドと呼ばれていて、確かにお祭りというか、円形の商店街のようにも見える。

 真っ白な羽をした小鳥が依頼掲示板クエストボードの上に鎮座し、適当なクエストを探しに寄ってくる冒険者を睨み付けていた。


「あの、どうしてギルドに?」

「ギルドマスター……うちの騎士団長からお話があるのよ」

「騎士団長さん、ギルドマスターも兼任してるんですね」

「真面目馬鹿なのよ」


 呆れたようにストックさんは言った。

 そのまま少し歩いて、門付近。威圧的な鎧を纏った騎士達が集まっている中に、一際獣のような威圧感を放っている人影がある。


「団長、お待たせしました」

「ご苦労」


 手元の書類を側近の騎士に預け、騎士団長はストックさんに敬礼した。


「君が例の結晶背負い……なのか?」

「は、はい……! フィア・マギアグリフです」

「随分とその……思っていたより可愛らしいお嬢さんなんだな」

「ほら、罪人じゃなかったんだから、罪人らしくない綺麗な格好させてあげたいじゃない?」


 そんな理由だったんだ……。

 ただ私利私欲のために着せ替えられたかと思っていたけど、ストックさんのことを少し誤解していたみたい。


「まぁいいか……そこの少女は?」

「エアリーだ。こいつの客」


 エアリーはそう言って私を親指でクイッと指差した。


「ふむ。ご足労感謝する。騎士団長兼ギルドマスター、ユースト・バルアーだ。今回、フィア・マギアグリフを疑ってしまい申し訳なかった」


 ユースト団長が深々と頭を下げる。


「そ、そんな! 頭を上げてください……! 仕方ないことですから」

「……ストックから報告は聞いている。魔剣の力らしいな」

「えぇ、罪結晶ざいけっしょうは他人の罪を自分に着せる力を持つわ。能力と言うより、呪いね」

「あぁ……そこでだ。魔剣の力が作用し、未だ真犯人は不明……ならば解析し、呪いを解く方法を見つける他あるまい」


 願ってもないことだ。

 私と呪いを切り離せれば、もう罪に問われることはなくなる。


「そして、ギルドマスターとしてはストックと満足に戦えるほどの実力者を見逃せない。君さえ良ければ――――入団する気はないか?」

「ふへぇ……入団……って、え? それって騎士になれってことですか……?!」

「あぁ、騎士の仕事を回すから金銭面の心配は無いし、ギルドここでクエストをこなせばそれは人助けになる。君にとって良い環境だと、俺は思っている」


 ユースト団長はそう言うと、ガントレットを外してゴツゴツとした素手を広げ差し伸べてきた。


「で、でも……私に騎士なんて……務まるでしょうか……」

「初めは皆素人だ。確かに君の技術は卓越しているが、騎士としては不十分。当然、君を教える教師もつける。まぁ……少々難がある天才だがな」


 ユースト団長が頭を痛そうに眉間に皺を寄せる中で、げしげしとすねを蹴る人が居た。


「難があるとはなによ。あと天才じゃなく秀才と言ってくれますかねぇ、だんちょお?」

「え、教師って……じゃあ……」

「そっ。私があなたの師匠になるのよ」

「も、もしかしてここに来る前身なりを整えたのは……」

「察しがいいわね。騎士があんな格好してたら頼りないじゃない? 騎士になるならもっと見てくれを良くしなきゃね。…………まぁ半分は私のお楽しみだけど」


 ……最後の言葉は聞かなかったことにしよう。


「――そういう訳で、フィア・マギアグリフ。やってくれるか?」


 誰の役にも立たず、悪人の罪を肩代わりすることしか出来ない私は、ここで終わりにする。

 悪人ではなく、自分のために……そして――――


「……私を必要としてくれる人のためなら、やりたい……やり遂げたいです。お願いします。やらせてください……!」


 そう言って騎士団長の手を取ると、周りの騎士が歓声を上げる。


「ようこそユースティア騎士団へ! かわい子ちゃんは歓迎するぜ!」

「呪いだなんてヒデェ魔剣だ! オレが必ず呪いから救って……」

「おいお前抜け駆けすんなよ! あ、このあと暇? ご飯どう?」


 なんだか、思っていたより歓迎されていた。


「あんた達ねぇ、下心丸見えなのよ! まぁこんなに可愛くしちゃった私のセンスが良いのは分かるけど……! フィアは私のなんだから手を出したら物置小屋に吊るして捨てるわよ!」

「「「それはそれで良い!!!」」」


 テンションが上がる騎士達に、頭を抱えるユースト団長。そしてストックさんの側近のアレクさんは呆れていた。

 皆さん……M……なんですね……。


「……ここには変態しか居ねぇのか」


 エアリーは変態の的にならないよう、小声でそう呟いた。


「あ、あはは……とにかく、よ、よろしくお願いします……?」

「「「よろしく~~っ!!!」」」


 なんだか不思議な気分だけど、こうして私は騎士になった。

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