捕食者の遊戯

 王都南側――住居が多く建ち並ぶ、言わば住宅街。

 路地の隙間から覗き見る。


「~~♪」


 買い物でもしていたのか、紙袋を抱えている男を注視する。

 鼻歌を歌いながら、厚底のブーツで石畳を踏み歩いていた。

 どこにでも居る青年。しかし、それは数日前に行方不明となった王都の住民だ。

 元の彼は一人暮らしであり、シャッツは彼を食べて成り代わっている。

 他にも報告・発見されていないだけで捕食された人は大勢居るだろう。と、ソフィアさんが言っていた。


「エアリー、魔剣の調子はどう?」

「まだ……剣自体はだいぶ扱えるようになったんだけどな。どうも反応が悪い」

「そっか……無茶はしないでね」

「どんだけ団長に扱かれたと思ってんだ。魔剣の力を使えなくてもあたしは充分戦えるよ。それよりフィアはどうなんだよ? 罪結晶はまだ預かってもらってるんだろ?」

「うん。今は騎士団の剣を借りてる。だから頼りにしてるね」


 さすが王都の騎士団で、剣の質は充分良かった。

 そしてイグ=ナイトの再調整には時間がかかる。今は調整箇所がどこなのか分かればそれでいい。他にもいろいろ素材が必要だけど、今は――


「角を曲がった。追跡を続行する」


 シャーロットの言葉と同時に、私達はシャッツを追う。


「シャーロットが先行する。二人は後を追ってきて」

「分かった!」

「おう!」


 メイド服のまま音もなく走るシャーロットの後を追いかけていく。

 シャーロットが角を曲がるのを見届け、私達は角の前で止まり様子を窺った。


「止まれ。殺す」


 男――シャッツへ、静かに淡々と言い放つ。


「こ、殺すって、いきなりなんですか? 何かの間違いでは? 俺は善良な国民ですよ。騎士様」

「おまえが食った男は、確かに善良な国民。でもおまえは違う」


 両端は集合住宅。でも、住民は一人も居ない。既に避難は完了していて、二次被害を避けている。

 日が暮れ、道が影になったその場所が奴の……シャッツの死に場所になる。


「へー、バレてるのな。俺の擬態、そんなに分かりやすい? おかしーなー。ちゃんと隅々までコピーしてるはずなんだけど」

「騎士団を舐めない方がいい」

「ふむ。それで君は……騎士様なのかな? 従者の格好した騎士だなんてなかなか滑稽で面白い」


 どろりと、男の顔が崩れて半透明なゲル状に変わった。そして、今度は女性へと。

 豊満な体を日の下に晒し、ドレスを形成して変身が完了する。

 あれがミミクリー・スライム……姿形、全てを模倣してる……。


「君に擬態したらさ、騎士団を内側から壊滅できちゃったりしないかな? 適当に騎士を呼び出して、『ご奉仕するにゃ♡』って。うぅん良いねぇ……馬鹿な人間共ならきっと引っかかる」


 嘲笑い、自分の指を咥えてそのまま噛みちぎる。

 噛みちぎった指はすぐに元通り復元された。


「なあ、あいつ……もしかして剣が効かないんじゃないか……」

「うん。あれは挑発だよ」

「余裕ぶっこいて甚振ろうってわけか」


 スライムに半端な物理攻撃は有効打にならない。

 だからこそ魔剣がある。でも、私は普通の剣で、エアリーも満足に魔剣を使えない。

 それでもソフィアさんが私達にこのクエストを受けさせたのは、シャッツの弱点を知っているからだ。


「あ! もしかして自分には魅力がないって思ってる? 大丈夫大丈夫! 君は充分可愛いからさ、私が使ってあげたらきっと男を惹き寄せられるよ!」

「……奉仕活動はしない」

「いいや。君がそう思ってても結局は僕が擬態して演じるんだ。嫌でも君の体を穢す。穢して、人を貶める。俺に食われる時の人間の顔は愉快そのものさ。くふふ……この体もね、猫耳の男の姿で近寄ったらコロッと食べられちゃったんだ」


 ――ああ、シャッツが再び変身していく。

 擬態は能力もコピーすると聞いていたけど、それはつまり、それだけの情報量を処理できるということだ。捕食した人の記憶を持っていても、何もおかしくない。


「……シャーロットもそうなんだろ? オレと来いよ」


 それは写真で見たあの人と同じ姿。

 優しげな声……だけれど、薄汚い何かがひしひしと伝わってくる。


「エイデンハイト……」


 もう居ないその人を見て、シャーロットは表情を歪ませた。

 ソフィアさんから話が出た時の反応からして、並々ならぬ想いがあるとは思っていたけど……シャーロットはきっと、エイデンハイトという冒険者のことを――。


 シャーロットは顔を伏せたまま、エイデンハイトの姿に変身したシャッツへ歩み寄っていった。

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