結晶背負いと黒妖精

 声を少し落として、ゴブリンを睨み付ける。

 腰を少し落として、黒布こくふに指先を当てる。


「――魔剣、シェダーハーツ!」


 魔剣鍛冶師には魔剣を作れるだけの魔力がある。

 それを欲しがるならず者も多いから、必ず自分の身を守る魔剣を肩身離さず持っておくことも多い。

 ――私の場合、こんなもの持ちたくもないけど。


「オマエら! コロ……ッ、せ……? あァッ?」


 多分、このグループのリーダー格だったんだろう。

 他より言葉が上手いそのゴブリンが喋ることは、もうない。

 頭がひしゃげて、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。


「オマエ……オンナァッ! キイタコト、アルゾ! ソノ、ブキ!」

「ア、ァ――ケッショウのツルギ……!」


 結晶の剣、ゴブリンがゴツゴツしたを指さす私の魔剣には、刃がない。

 あることにはあるけど、血のような赤い色合いをした結晶が刃を覆い隠すように生えていて、剣と言うよりはゴブリンと同じ棍棒だ。

 

 結晶があるから鞘に入らず、布を巻くしかない。

 しかも結晶はいくら削ろうが砕けようが絶え間なく生えてくる。

 剣とは名ばかりの鈍器、それが《シェダーハーツ》――。


「……こ、子供を解放してっ! そうすれば命までは取らない!」


 この剣をあまり人目に晒すわけにはいかない。

 早く片付けて、助けないと。


「オマエのコトバなんテ、キイテタマルカ! オマエ、『結晶背負い』だロ!」


 願い叶わず、ゴブリン達は殺意を剥き出しにして唸り始めた。

 目の焦点が合っていない。まるで、私をどうしても視界に入れたくないような、本能で避けているような視線だ。


 ……ああ、そっか。


「もう……こんなとこにまで知られてたんだ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夜も更けて、青い月が私を照らす。

 その月光だけが唯一の光源である小さな洞穴ゴブリンの巣に横たわるのは、私に助けを求めてくれた女の子。


「綺麗な子だなぁ……」

「……ぅ、ぁ……ぐ」

「あ、ご、ごめんね。遅くなって……もう大丈夫だよ」


 月明かりの下で見る夜と同じ色の髪は、こんなにも幼いのにとても綺麗で羨ましくなる。

 私の半分もない背丈、細くて柔らかい。そして……そし、て……?


「この子……人間じゃない……?」


 ……うん、やっぱりそうだ。人が持ってる魔力とは違う。

 この子は他よりもっと……透き通ってた綺麗な魔力だ。


「魔力量も凄い……これ、普通の人が持ってたらとっくに魔力に侵されてるんじゃ……」


 私の何倍もあるのに、この小さな体に留まっている。

 そんな種族、私はひとつしか知らない。

 人が己の欲に走った結末。準絶滅種、星の意思。

 星の魔力から産まれる小さな生命――。


「――妖精種、フェアリー……初めて見た……」


 黒い妖精なんて珍しい。じっくり観察したいけど……でも、今はそれどころじゃない。

 ひとまずその幼女をそっと抱き上げる。石より軽い。

 殴られた傷には触れないようにして、私は工房に身を隠した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――っ、あっ…………はっ!?」


 しばらくして、幼女は目を覚ました。

 アメジストのような瞳をしていて、キョロキョロと当たりを見回していた。


「あ、おっ、おはよう! あぁえと、私はフィア。ゴブリンはやっつけたからもう安心してね! 傷も回復魔法で良くなってるから、もう動いても平気だよ! でも夜遅いし、外へ出るなら明るくなってからがいいと思う……! ……あ、剣気になる? えへへ、私こう見えて魔剣鍛冶師をしてまして……って聞いてないか。ご、ごめんね~」


 あぁ、妖精さんの頭にハテナマークが浮かんでいる光景が見えるようだ。


「あ、あ~……もしかしてまだ痛いところあったりする? 魔力漏れも見えないし、大丈夫だとは思うんだけど……」


 すると、幼女は自分の体を確かめるようにぺたぺたと触り始め、やがて訝しげに視線を戻した。


「…………なあ」


 み、見た目に反して強めな口調だ。苦手なタイプかもしれない……。


「お前、あたしが妖精って気付いて助けたんだろ」

「え、まぁ……はい……」

「じゃあなんだ。見返りはあたしの魔力か? 言っとくけどあたしにとっては魔力は命だ。礼に命を削るようなことはしないからな」

「い、いや、お礼はいいです」

「……は? じゃあなんで助けた?」

「なんでって、助けてと言われたので……」


 それ以外に理由がいるのだろうか。


「誰が?」

「え? 君が……」

「あたしが? 助けを……あ、そうか……そういや確かに……え、うわはっず……」


 妖精さんはみるみるうちに顔を真っ赤にしていく。

 気付けば首に手を当て、目を逸らしていた。

 少し怖いと思ったけど、意外とというか、顔に似合った可愛らしさもあるんだな……。


「お前、本当に……普通に助けてくれたんだな。驚いたよ。妖精なんて希少種……欲しがる奴は大勢いるからさ。今まで会った人間はみんな魔力目当てだったし……」

「わ、私も興味はあるけど……」

「それにしては距離を感じるけどな」


 怪しげに、しかし冗談交じりにそう言った。


「……まぁ、ありがとな、助けてくれて。こんなの初めてだ」

「わ、私も……! 人の役に立てて、嬉しい……」


 本当に初めてだ。人のために動いて、助けられた。

 あの家で役立たずだった私でも、誰かの役に立てるんだ。


「にしても珍しいな。魔剣鍛冶師なんて」

「そう……だね。それくらいしか出来ないんだけど……たははっ」

「……どれも良いものばっかだ。素人のあたしでも分かるくらい」

「い、いやいやそんな……クガルで出品してもひとつも売れないし、あっ、どうせなら何か好きなの持ってってよ。全部売れ残りだけど……役に立てるなら」


 すると、妖精さんはじっくりと私が作った魔剣やアクセサリーを眺め始める。

 私が見られている訳でもないのに、なんだか少し、こそばゆい。

 も、もしかしたら妖精さんが使ってくれたのをキッカケにお客さんも来るかもしれないし……ふへ。


「なぁ、フィア」

「あ、何か良いのあった……?」

「あたし、魔剣が欲しい」


 数本の魔剣を前にして、妖精さんはそのどれにも目をくれずに私の目を真っ直ぐに見てきた。


「頼む。あたしだけの、誰にも負けない魔剣を作ってくれ」


 紫の瞳が力強く私を見てくる。

 炉の火よりも眩しくて、私はその瞳に見惚れていたのかもしれない。

 ああ、この子の為にここまでやって来たんだと、そんな当てのない直感が囁いている。

 

「あ、あなたの、名前は……?」


 黒い妖精さんは、こんな私に手を差し伸べて微笑んだ。


「エアリーだ。よろしくな、フィア」

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