巨壁の向こうへ行く方法
「頼む、あたしを騎士にしてくれ!」
「ダメだ」
エアリーの直談判は、一コマで終わった。
仕事中の騎士も苦笑いをしている。
「な、なんでだよ! 魔剣はある! あとは剣術さえあれば、あたしも……!」
「エアリー、君は保護対象だ。魔剣を持っているからと前線に出すつもりはない。よって俺から教えることもない」
ユースト団長はそう言って、エアリーの頼みを突き放した。
……当然の反応。周りの騎士達もそれが分かっていたようで、慰めるような目で見ている。
エアリーが戦力にならないということではなく、ただ単に、妖精を戦わせることが出来ない立場にいるんだ。
「そうか……でもあたしには引けない理由がある」
「……まぁ、だろうな。君はストックと同じ目をしているよ。黎明を見るために、積もり積もった後悔の山を踏み越え、成長することをやめない。やめたくない目だ」
「あたしはこのまま保護されるなんて御免だ。里のみんなの仇を取る。アイツを殺して、ねぇちゃんの仇を……」
その時、ユースト団長はピクリと身体を震わせた。
「……君、待て、アイツとは誰のことだ?」
「あ? 知るかよ。名前なんか聞く雰囲気でもないしな。ねぇちゃんが連れてかれたってことしか」
「いや……! 妖精の里、君はそこの生き残り……まさか、犯人の顔を見ているのか!?」
「見てるけど……なんだよ、お前らもそいつのこと追ってたなら分かってるもんだとばかり……」
「妖精殺しは証拠が消されたんだ。……君が犯人の顔を見ている可能性、普通に考えれば当たり前のことだが、気付かなかった……」
当たり前が思考から除外される。
だかり気付かなかった。
目の前に証拠があろうと、見えていない。
つまり、それは――。
「妖精殺しの時には、罪結晶の魔剣が作られている」
それは、妖精殺しと弟子殺しが同一犯であるという確証だった。
「……エアリー、俺と一戦しよう」
「な、なんだって?」
「俺から一撃、掠り傷でも付けられたら騎士として育ててやろう。これは試験だ。君が騎士となり我々に協力するというのなら、騎士として、入団試験を正式に受けろ」
騎士団の入団試験……もしかして、私とストックさんのあれも試験に含まれていた?
全くあの人はどこまで計画に入れてるんだ。
「試験か……上等。やってやろうじゃねぇか」
エアリーは拳と手のひらをパシンと叩き合わせる。
夜色の髪がなびき、腰に携えていた
華奢な体には不釣り合い……しかし良く似合う漆黒剣。
白のワンピースがその剣をより鮮明に映えさせる。
「よし、ではやろうか」
騎士達が「え?いま?」と互いに顔を見合せ、騒然としている。
ギルド広場のド真ん中で、騎士団長(ギルドマスター)と絶滅妖精が対峙するのだ。
私だって、胸が湧き上がる。
「また急にやるのね~」
「す、ストックさん!? いつの間に……」
「フィアが時間になっても来ないからじゃない。勉強サボりは罰よ」
「うぐっ、す、すみません。気になって……」
「もう。あの魔剣、作ったの?」
「あ、はい。イグ=ナイトです」
「良い出来ね……」
そう、我ながら良く出来た魔剣だ。
少し卑怯かなとは思うけど、これなら、一撃だけならユースト団長にも通じるはず。
ストックさんの上司、弱いはずがない。
そんな人に私の魔剣がどれだけ通用するのか……製作者として、気になざるを得ないじゃないか。
「しかし、久しぶりだな。入団試験で剣を抜くのは」
私が固唾を飲んで見守っていると、ユースト団長は部下が持ってきた剣を受け取り、刃を晒す。
――赤い。その魔剣は酷く赤かった。
罪結晶の魔剣も血の色をしているけど、ユースト団長の魔剣はそれの比ではない。
罪結晶が飛び散って黒ずんだ血だとすれば、団長の魔剣は鮮血。
体内を巡る生き生きとした血の色だ。
「準備はいいか」
「十年前から出来てるよッ!」
その言葉が終わると同時に、エアリーが地を蹴る。
目で追うのがやっとの速度。あれが妖精の身体性能か。
「トロいぞ団長ッ!」
ユースト団長の後方――エアリーが剣を振り上げる。
距離は、充分に当たる距離だ。
でも、振りかぶりすぎている。
「そうだな。必要以上に動くようなことがあってはならない」
団長は、それが分かっていたように、未来でも見ているのではないかと疑いたくなるほどに、エアリーの刃が触れようとした瞬間にひょいと顔を逸らしてみせた。
刃はユースト団長の肩当てに当たり、カツン、と弱々しい金属音が鳴る。
「しまっ――――いや、まだッ!」
刹那、体内の魔力が流れ、エアリーの足に溜まっていたものが腕へ移っていく。
魔力操作……そうか、さっきの高速移動は魔法による
でも、その瞬間に出来たほんの小さな隙だ。
その隙に団長はエアリーの片腕を掴み取ると、まるでヘビが獲物を捕らえるような動きで組み伏せる。
気付いた時にはエアリーの体をガッチリと締め上げていた。
ジタバタと手足を動かし、ユースト団長の鎧を殴ってみてもビクともしない。
そうして身動きが取れないことを理解したエアリーは、悔しさに顔を歪めながら手を握りしめた。
「くそっ……バレてたのか……!」
「魔力による身体強化だろう。あの俊敏さは脚力強化……今は腕力強化かな。魔力操作に長けた妖精種なら出来るとは思っていたが、その顔を見るに本当なんだな」
「なんで――」
「なぜ分かるかと言えば、君が分かり易すぎるからだ。俺は人で、魔力の流れも見えやしない。だが君の思惑、そして瞬間の筋肉の使い方……その他想定可能な行動全ては、見て予測が出来る」
ああ、この人も大概、
「す、凄い……一瞬だ……」
思わず、そう声に出してしまった。
あれは多分、視認してからその後の行動を何パターンも想定して動いてるんだ。
最も恐ろしいのは予測の正確性じゃなくて、思考・反応速度。
今のエアリーの素早さを見てからほんの数秒……1秒くらいかな。
たったそれだけで、この勝ち方を選んだ。
「初心者相手に大人気ないなんて思わないでね、フィア」
「い、いえ、そんなことは!」
「これは試験だから手は抜けない……いえ、残酷なことを言うけど、あれで団長は手を抜いているの」
「へ、あ、あれで……?」
「あのユースト・バルアーはね、いつも鍛錬相手に私を指名するのよ。初めは私が圧勝してたけど、彼は私と対峙する度にいくつも対抗策を練ってきた。その結果が
「て、天才ですか、団長は……」
「そうよ。団長が居るから、私は天才では居られない。うちのリーダーはね、まさに壁なの。私達にとっても、敵にとっても――絶対に越えることの出来ない、大きな壁なのよ」
ストックさんは、ユースト団長の背後にある城壁を見上げながらそう言った。
――しばらくして、組み伏せから解放されたエアリーは剣を突き立てて柄頭に額を乗せる。
「魔剣があれば、一撃くらい……お見舞い出来ると思ってた……ダメなのか、これじゃあ……! これじゃあ、アイツも斬れねぇっ!」
魔剣は確かに強力だ。
でもそれは、単体では力を発揮出来ない。
剣士と魔剣、この二つが互いの魔力を同調することで、魔剣は真価を発揮する。
つまり、使用者の技術が乏しければそれまで……。
「そう落ち込むな」
「けど、負けちまった……試験も失敗した……」
「負けは負けだが、試験失敗とは何の話だ」
「は? だって、一撃も当たらなかったじゃねぇか」
「当たったじゃないか」
え?
っと、周りの騎士達も首を傾げる。
唯一、ストックさんだけがやれやれと首を振っていた。
「壁は壁でも、ちゃんと人が通れる門は用意してあるのよ。彼」
「な、なるほど」
これは試験。どう対処するかを見る試験。
騎士に相応しいかどうかを見極めていたんだ。
「俺が君を組み伏せた時、君は俺を殴っている。あの時点で諦めずに、必死にもがいた。その事実は騎士として評価に値する」
「なっ、え……?」
褒められ慣れていないのか、エアリーは年相応の少女らしく頬をサクランボのように赤く染める。
「君の魔力量ならば強化を維持することも出来そうだな。だがそれでは、いざと言う時に一手遅れることになるだろう。鍛えるぞ」
「そ、それって……つまり……つまりだ。入団試験は……」
「合格だ。君は俺が育てる。ドラゴンくらいは一人で狩れるようになってくれよ」
それはいくらなんでも無茶が過ぎますよ団長さん……。
「ドラゴンのソロ攻略とか馬鹿なんじゃないの」
ほら、ストックさんも言ってる。
「団長を負かすくらい強くなってもらわなきゃ困るわ」
「確かにな。そろそろ試合の連勝記録を絶ってもらわねば、家の中がトロフィーだらけで邪魔なんだ」
「へ、へぇ……連勝記録……ちなみになんだが、いくつだ?」
「確か……103だな。言っておくが、これでも先代より低いんだぞ。……エアリー? どうした、急に固まって……まさか敵の攻撃か?」
「いや団長でしょ」
「おかしいな……氷魔法は使えないんだが……」
「はー、これだから真面目馬鹿は……」
天然っぷりを披露するユースト団長に、ストックさんは呆れて「仕事に戻る」とやや投げやりに言って、私の手を引っ張っていく。
エアリーは……まだ、固まったままだった。
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