調査隊を調査せよ

 エアリーとユースト団長の試験を見届けた後、ストックさんに連れられてやって来たのは、ギルド広場から少し外れた街の一角。

 日陰の中にあるそこは、『魔法研究所』と看板がぶら下がっていた。


「戻ったわよー」


 ストックさんは部屋に入るや否や、ポールハンガーに三角帽子を引っ掛け、靴を脱ぎ散らかしていた。

 長い金髪をひと束にまとめ、唯一日が当たる窓辺の椅子に腰掛ける。

 椅子の前にあるシックな書斎机には、何かの資料書が乱雑に散らばっていた。


「おや、もうお帰りになられましたか」

「フィアの迎えに行っただけだしねー」


 丸い眼鏡を掛けたストックさんは呆然と突っ立っていた私に視線を送り、向かい側にある椅子へ座るよう促す。

 実家でくつろぐ長女ってこんな感じなのかな。


「あの、ここは……」

「ここは我が調査隊の専用棟。改めてようこそ! 知ってるだろうけど、私が調査隊・隊長――ストック・パストゥルートよ」


 ストックさんは得意気な表情で名乗っていた。

 調査隊、魔法の研究までしてるんだ。


「紹介するわ。そこのいけ好かない笑顔が得意な巨乳はソフィア。主に情報収集担当よ」

「おやおや、いけ好かないとは酷い言いようですね。まぁそういうところが……好き、なんですが……ふふっ、ストック隊長、今晩どうですか?」


 目をうっすらと細め、ストックさんに熱い視線を送っているソフィアさん。

 背が高くて、確かに……大きい。

 そんな彼女の視線を手で払い、ストックさんは部屋の奥を指差した。


「それで、そっちの愛くるしい猫耳巨乳メイドちゃんが掃除担当のシャーロット。かわいいでしょ?」

「……ストック、靴そろえろ」


 シャーロットちゃんは白猫の獣人だった。

 隅っこで、こちらを睨みながら箒で掃除をしていた。

 警戒しているのかな……いや、あれはストックさんのだらけっぷりに怒ってるな。

 小さくて可愛いけど、うん……大きい。


「で、最後、私の側近。ガタイのいい巨乳がアレク。他にも沢山居るけど、居すぎて調査隊内でチーム分けしてるのよね。言っちゃえばここが先鋭チーム?」

「なんか俺だけ紹介の雑さが際立ってません!? あと巨乳って言わないでください」

「だって巨乳じゃない。自信持っていいのよ?」

「胸筋と言ってください頼みますから」


 奥の部屋から扉を開けてきたのは、街で私とぶつかった大柄な男。アレクさん。

 服の上からでも分かる筋肉量……確かに、これは巨乳かも……。


「はぁ、全く……紹介するならちゃんと紹介してくださいよ」

「だってぇ」

「だってじゃないですよ……」


 アレクさんは呆れながら頭を掻き、「あー」と言葉を探すような間を置いて私の前に手を出した。


「調査隊副隊長、アレクだ。前はぶつかっちまって悪かった。これからよろしく頼むよ」

「あ、は、はい! 皆さん、よろしくお願いします……!」


 こうして私は、正式に調査隊へ入った。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 調査隊の研究室は、会議室兼ストックさんのくつろぎスペースの一室と、専門の研究を行う部屋がふたつ、さらにキッチンやシャワールームもあった。

 二階にはそれぞれの部屋が用意されていたようだけど、全部屋、物置きと化している。

 ……と、シャーロットちゃんが案内してくれた。


 調査隊に入ったばかりの私はまだ未熟だ。

 だから、数少ないコミュ力を振り絞ってなんとか馴染もうとしてる。

 エアリーの行動力を見習うんだ。


「シャワー、夜9時に温水出なくなる。8時半からアレク使う。女はその前に入る。わかったか」

「う、うん。ありがとう」


 カタコトで説明してくれたシャーロットちゃんは、ずっとこちらに耳を向けていた。

 警戒……されてるなぁ……。


「……おまえ、ストックと匂い同じ」

「へ……?」


 振り返ろうとした直後、背中に強い衝撃を受ける。

 何が何だか分からないまま体勢を崩した私は、そのままシャワールームに転がり込んだ。


「答えろ」


 座り込んだ私を逃がさないようにするためか、シャーロットちゃんは両手で左右を塞いで私を見下ろす。

 目の前でゆさっ……と揺れる丸みを帯びたメイド服から目を逸らした先は、鋭く光った猫の瞳だった。

 

 まずい、まさか罪結晶の呪いが発動してる……?

 あれは今、解析するために預かってもらっているけど……呪いと私は魔剣を離したところで切れない関係だ。

 誤解を解かないと……ここで死ぬ。

 武器も無い。目前の子猫は狩人のような目で睨んでいる。

 もう、死を覚悟するしかないのか……。


「おまえ、ストックと寝たのか」

「はぇ? 寝……た……?」


 予想外の質問に、思わず聞き返してしまった。


「寝たんだな。ズルい。新入りのクセに……すんすん……今日の添い寝当番はシャーロット。横取りしたら、許さない……すん、すんすん……」

「し、してないよ! 横取りもしないから匂い嗅ぐのやめて! 昨日からお風呂入ってないからぁ!」

「ふん……いいか、新入り。玄関の傍、貼ってある。ルール守れ。すん……破ったら、晩御飯抜き」

「わ、分かった。ルール守る、シャーロットちゃんの言う通り……!」

「……ちゃん? シャーロットはシャーロット。ちゃんなんて、いらない。よく覚えとけ」

「は、はい!」


 そんな感じで、シャーロットから解放された私は言われた通りルール表を見に行った。


*朝8時朝食、13時昼食、夜6時夕食、時間厳守。

*徹夜禁止。したければシャーロットを撫でろ。

*物置き部屋は勝手に弄るな。

*洗濯物の放置禁止。アレク、パンツ臭い ←ここに書くな!そして嗅ぐな!

*ソフィア服着ろ ←ストック隊長のためなので♡ ←おまえをころす。 ←おやおや、怖いですねぇ。甘噛みかな? ←ころす。

*ストックの独占禁止。順番を守れ。

(シャーロット→アレク→ソフィア→シャーロット→ソフィア→シャーロット→)

*必ず帰ってこい。飯が冷める。 ←了解。 ←仕方ないですね。 ←シャーロットのごはん食べた~い!


 手書きのルール表には、筆跡の違うものが幾つも書き足されていた。

 ……結構、仲は良いみたいだ。


「おや、関心しますね。調査隊で最も遵守すべきシャーロット・ルールを確認しているとは」

「ソフィアさん。じ、実はさっき忠告されまして……」

「ふはは! シャーロットらしい。大方ストック隊長絡みでしょう? わたしもその事でこうしてエンカウントしたんですよ」

「えっ」

「……結晶背負い。わたしはね、事実が好きです。わたし自身が見て、納得した『事実』が大好きです。ストック隊長が見たからと言って、わたしはまだ、それが事実だとは思わないようにしているのですよ」


 本当に警戒しているのは、ソフィアさんの方だった。

 耳元で、冷たいナイフを当てるような囁き声がする。


「しかし、ストック隊長があなたを信用していることは事実……そこだけは確か。なのでね、しばらくは様子見とさせてもらいます。けれど、もし、あなたがストック隊長に危害を加えたなら……その時はわたしが責任を持って処刑しますから。覚悟しておいてくださいね」

「か、覚悟なんて、しません。ストックさんは私を助けてくれた恩人です……! 絶対に、迷惑なんて掛けたくない……! ……で、です」


 これは本心だ。

 ここの人達がとても良い人なのはよく分かる。

 だから、この人達の役に立ちたい。

 そうなれるように、私はここで、呪いを断ち斬るんだ。


「ふふっ、覚悟はしない……ですか。いいですね。そうです。覚悟なんてものは、ここぞと言う時まで取っておくんですよ」

「な、なるほど……ご教授、ありがとうございます……!」


 覚悟、決意の選択……よく考えておかなくちゃ。

 私が下げた頭を上げると、ソフィアさんはなぜだか顔を逸らしていた。


「調子狂いますね……こほん。さ、さあ、もうお昼ですよ。時間を守らないとご飯抜きになってしまいますからね」

「はい……!」


 掃除担当と言っておきながら、ストックさんは料理までシャーロットにやらせているようだ。

 でも、この魚の串焼きと、ジャガイモとウインナーたっぷりのポトフ。凄く美味しい。お腹があったかい。


「…………おい、うまいか」

「うん、美味しい……こんなの初めて食べた。凄いなぁ……私には絶対出来ないや」

「シャーロット、ご飯作るの得意。ご飯は命のエネルギー。だから、シャーロットは命を作る。ありがたく食え。いっぱい食え」

「ちょ、それわたしのお魚なんですが」

「ソフィア、最近食いすぎ。見てるだけで重い。痩せろ」

「は――ッ!? はぁぁぁぁあ!? ふ、太ってませんよ! 最近は胸が少し大きくなったのでそう見えるだけで! ウエストはほら、細いんですからね!?」

「知らん。ソフィアより、コイツ細すぎ。いっぱい食べるべき」

「それはそうかも知れませんが! が……!」


 それから、シャーロットとソフィアさんの喧嘩を眺めながら、ストックさんとアレクさんから魔法研究のあれこれを聞かせてもらった。

 賑やかな食事。揺れる四つの丸みを眺めて満足気なストックさんと、二人に静かにしろと叱るアレクさん。

 耳を垂らすシャーロットと、項垂うなだれるソフィアさん。

 

 その日の昼食は、とても温かかった。

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