黒のフィア ~呪いの魔剣を作らされ、濡れ衣を着た女鍛冶師、断罪するため騎士となる~
ゆーしゃエホーマキ
第一章《闇夜の灯火に触れる》
重い荷を背負う
そこは夏の日差しよりも熱く、火口に立たされ、身を捧げるのを待つ生贄の気分を味わえる。
いや、
それが私にとっての
赤々と燃え滾る炉の前に立つと、いつも思い出す。アイツの怒号。肌の痛み。
あの声を消すように……ガラじゃないけど苛立ちをぶつけるように、私は
「……殺す。殺す。殺す」
腕を振り上げる。鉄を打つ。汗を滴らせる。また、腕を振り上げる。
何度も何度も、同じことを繰り返しているように見えるけど、その一つ一つに『魔力』を込めていた。
「……殺す。殺す……ころ……あ、違う」
またやってしまった。今日はアクセサリーでも作って日銭を稼ごうと思ったのに、正気の目が見ているものはギザっ刃のナイフ。
刺しても引いても激しい痛みが伴うであろう、殺意と苦痛の混沌剣だ。
「ダメだなぁ、私……はぁ……」
手持ちの金属は残り少ないというのに、こんな売れない商品を作っても仕方ない。
ナイフを熔かして作り直そう。
腕輪なんてどうかな? ……いや、重いか。
指輪は……ダメだ。王都には有名なお店が沢山あるし、目にも止まらない。
首輪……チョーカーとか? うーん、私の趣味じゃないかも。
いっそ手錠でも作って騎士団に売り込みへ行くか……?
「まあ、無難にお守りでいいや……」
菱形や玉を連ねたお守り。イヤリングとしても使えるし、何より誰かの助けになるって考えたら、炉の火に炙られようが多少は苦痛を感じない。
そうと決まれば、沢山作って売りさばこう。
「お金、これで最後だしね……」
私は今日の宿代分しかない財布の中身を覗いて、ため息を吐く。
「あいつから逃げ出せたのはいいけど、まさかこんなにお金を使うとは……王都は物価が高いなぁ。その分質もいいんだけど」
誰にも聞こえていない独り言をぶつくさと呟き、私は再び、鎚を振るった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――さて、ささやかな文句を吐き出して、そこそこ手の込んだアクセサリー作りを終えた私は今、王都西側の露店街――《クガル》の路地裏に立つ。
工房への入り口はどこでもいいけど、あんまり目立ちたくない。
「おいガキ、ボーッと突っ立ってんなよ」
「あ……す、すみません……」
人目の付きにくい路地裏と言えど、ここは王都でも一番が集まる《クガル露店街》だ。
人通りは他より多いに決まってる。
今日は運悪く、主婦ではなく大柄な男に壁際へ突き飛ばされた私は、ペコペコと腰を折りながら呟くように謝罪した。
まぁ……変に絡まれなかっただけマシかな。
「はぁぁ~、やっぱり人は苦手だ……でも稼がないと」
露店街と呼ばれるだけあって、クガルのメインストリートは人も物も溢れていてカラフルだ。
人だけならまだしも、目が怖い竜人や獣人、綺麗すぎて直視出来ないエルフもわんさか集まってくるから、ひ
なるべく視線を浴びたくなくて、私はフードを深く被った。
そんな圧の強い彼らに負けないよう、商人達は声を大にして物を売る。
「シャイマセェ!!!
「……ぁ、うちの剣も……」
「お兄さん! こっちのポーションはいかがでしょ! 刃に塗るだけで敵の生命力をごっそり削りますよ!! あぁ、刃を舐める方にはオススメ出来ませんがね!」
「っ、あ、片手剣でしたら……この、細身なんですけど……えと、重くて……」
「「お買い上げッッありがとうございましたァァーー!!!」」
「あ…………」
やっぱりというか、いつも通りというか……この日も、何一つ売れなかった。
騒がしいのは嫌いだ。
いつかは、食い
日が傾き始める頃、私は商品を片付けて荷物をまとめる。
商品が全部金属なだけあってかなり重い……売れていればもっと軽かったのに……。
「――っと、忘れるとこだった……」
忘れ物。傷に包帯でも巻くように
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明日の
今よりもっと良いものを作れば、きっと売れるはず……。
「ふふふ……私は仕事熱心なのでね……まぁ、加工用の魔石をいくつか獲って帰るかなぁ」
別に誰が聞いている訳でもないけど、一人の時間が多くなったせいかこうして喋っていないと話し方を忘れてしまいそうになる。
「…………ぁ」
「ふへ……?」
気のせい……じゃなさそうだ。
人の声のようなものが、木々のざわめきに紛れながら聞こえた。
「あ、あの……誰か、居たり……?」
「……たす、け…………」
確かに人の声だ。しかもかなり近い。
姿は見えないが、確かこの付近にはゴブリンの巣があったはずだ。
誰か襲われていても不思議じゃない。
「い、いい、いま助けます! えっと、えぇと……こういう時は!」
――
魔力はどんなものにも宿っている。羽虫だろうが石ころだろうが関係ない。
だから
普通に使うと濃霧の中で鶏やホルモンを炭火焼きしたくらい視界が悪すぎるから、あまり使い物にはならない。
「どこ、どこに……」
木、石、虫、土、木、木、虫、石……ダメだ。もっと絞らないと。
虫、リス、ネコ、ゴブリン、ゴブリン、ゴブリン……ゴブリ……ン?
「また、オンナ。また、ヤセてる……でも、イイ。クう」
気付けば周りに4匹……囲まれていた。
ゴブリン……低級の魔物、コブのような小さな一本角を額に生やした緑の肌の小鬼。
やっぱり魔力を見るのは難しい。
というか……。
「痩せてるって言われた……そんなに細いかなぁ……」
つまめるお肉はない。胸も……ない。ないな。
ひょろっとしていて、少し筋肉質。一人の少女としては、あまり自慢出来ない体だ。
「コロせ! ガキとイッショに、ヤクぞ!」
「ギャア! ギャア! コロセコロセェ!」
「アシ! アシをクワせロ!」
「メぉホジクッテ、バンシャクダ!」
ゴブリン達は石の破片を刺した棍棒を手に睨んでくる。釘バットの上位互換だか下位互換だか分からない、手作り感満載の武器。
そんな武器に涎がだらだらと滴り落ちて、どうやら私をご飯としか見ていない様子だ。
妙に
「……ねぇ、今……『ガキと一緒に』って言った?」
「ソウだ! スミイロのガキ! ブキもナシにオレたちのナワバリにハイッてキタ!」
そう言ってゴブリンは得意げに棍棒を振り回す。
……血が、付着していた。
「……なきゃ」
「アァ……?」
「やらなきゃ」
棍棒に付いている血は新しい。まだ回復魔法で間に合うかもしれない。
ゴブリンはお腹を空かせている。足もふらついているくらいだ。
「大丈夫……」
呪文のように呟く。うん、大丈夫、勝てる。
こんな私でも、誰かの役に立つことくらいしてみせる。
「大丈夫……っ」
私でも助けられる。やれる。
そして、私は背負っていた
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