罪結晶の魔剣と創天剣の魔法

「【神の咆哮フルモバート】!」


 この日の王都は、過去最高の落雷を記録していた。

 ストック・パストゥルート……底無しの魔力でもあるの?

 人間には珍しく妖精に匹敵するほどの膨大な魔力を保有し、魔力消費が激しいはずの魔導書グリモワールをもう十回は撃ち放っているけど、依然笑顔。怖いくらいに楽しげだ。魔力切れを知らないから一向に倒れる気配が無い。なにあの秀才化け物


「ほらほら、防御ばかりじゃ突破口は開けないわよ!」

「じゃあ、攻撃の手を止めてもらってもいいですかね……!?」

「【神の咆哮、響めいてフルモバート・ラゥタ】」


 回答は魔法で返された。

 無数の落雷が束になって地を抉り、蛇行するように雷の束は私を壁際へ追い込んでいく。

 このままじゃ私が痺れて気絶する。


「やるしかない……シェダーハーツ!」


 膨大な魔力なら、私にだってあるんだ。

 この剣に、罪の数だけ詰まってる。


「【魔法歪曲ディストルド】!」


 グリモワールの神鳴かみなりを正面から受け止め、シェダーハーツの結晶を打ち砕かせた。

 罪結晶は罪の分だけ魔力を蓄え、罪がある限り成長し続ける力がある。

 つまり、魔石を抱えた剣だ。


「なっ、砕いたのにもう再生してるの!?」


 何度砕かれようが罪は消えない。

 だけど、砕かれたことで外に溢れ出た魔力は残って、充満する。


「隊長の魔法が逸れていく!?」

「アレク、慌てないの。単純なバリアよ。単純すぎてバリアとも呼べないけどね」


 結晶が再生した時ほど驚いた様子は無い。

 結晶を砕いた瞬間に、未来視の魔眼で魔力が何に使われるかを見たのだろう。


「さすがに分かりますか」

「魔力を凝縮して雷の道を作ったのね。無駄に防御するよりよっぽど利口だわ。でも、これだけ正確に操れるなんてね……その気になれば相手の魔法を封じ込めるんじゃないの? あなた本当に人間?」

「そ、それはこっちのセリフです」


 こんな芸当、何度も出来るわけないでしょう。

 魔力はほぼ無限にあるけど私の集中力が続かない。

 出来てあと3回――でも、そんなことをしていたら何も証明出来ない。


「はぁ、これが天才って訳ね」

「いや……バカの悪足掻きですよ……」

「謙虚なのね」


 どうしても警戒を解いてくれないつもりらしい。

 私の意図には気付いてるはずだけど……彼女なりの目的があるのだろうか。

 

 だけど、さっきの魔法歪曲ディストルドで未来視の攻略法は分かった気がする。

 ストックさんに結晶再生は見えていなかったけど、魔法は見ていた。

 片目しか未来視出来ないからかな……とにかく、あれは一つの未来しか見えない。


「――――結晶砕き」


 自前のかなづちでシェダーハーツを打ち砕く。


「今度は何を見せてくれるのかしら」

「とっておき、です」


 未来視をしなければならない要因をいくつか作って、一気に攻める。


「――【魔法歪曲ディストルド】!」

「なによ、さっきと同じ…………ふぅん、なるほどね。なら私も本気を出しましょう」

「ま……まだ何かあるんですか」


 これで本気じゃないなんて、馬鹿げてる。


「隊長、何か仕掛けてきます! 指示を!」

「待機」

「な、何故ですか!? 一気に押さえれば……」

「鍛冶師の弟子を何十人も殺してるのよ? 下手に動いて死にたいならどうぞ。それが嫌ならそのまま退路を塞いで、私が確実に捕らえる」


 周りの騎士達を制すると、ストックさんは真っ直ぐ私を見つめてくる。


「もう誰も殺させない」


 あぁ……良かった。


「……【罪結晶の呪いシェダーハーツ】」

「いくつ魔法を使おうと私には見えてるのよ!」


 分かってる。だから防御姿勢は崩さない。

 雷撃はかわし、安全に罪結晶の呪いシェダーハーツの力を発揮させる。


「【神の咆哮、響めいてフルモバート・ラゥタ】ッ」


 ――再び、天が咆哮した。

 光が落ちて、ぐにゃりと歪んで、私のすぐ隣へ落ちる。


 直撃を避けたところで、地面を通って体に電流が流れ込む。

 痺れて力が入らない。でも、もう少し……あと一回耐えれば――――


「改めて凄いわ、あなた。ここまでグリモワールを凌いだのは私が知る中でも団長くらいよ。だから、で相手をしてあげる」


 そう言って、グリモワールをパタンと閉じる。

 続いて構えられたのは、何も無い……ただの素手だった。


「【創天剣の魔法エアーファング】」


 澄み切った声が響いて、一呼吸置いた直後だ。

 まるで映画のワンシーンをスローモーションにしたような感覚に陥った私は、深く被っていたフードに切り込みが入っていくのを見ていた。

 でも見ているのに、見えない。切られているのに、刃物が無いのだ。

 

 理解が追いつかないまま、私はに斬り裂かれた。


「こんな格好をしているし、隊長になってからはグリモワールばかり使うから余計に間違われるんだけどね。私、職種は魔法使いじゃなくて騎士なのよ」


 そういえば、魔剣は持ってるからグリモワールを貰ったって言ってたな……。


「これが私の魔剣――《エアーファング》――まぁ見えないでしょうけど、ねっ!」


 指が鳴ると同時に対魔法ポンチョが斬り裂かれる。

 見えない刃はひとつじゃない。同時に四箇所……八箇所……十、二十……もっと多い。

 これが、魔剣……?


「まるっきり魔法じゃないですか……!」

「だから、魔法の剣。魔剣じゃない」


 そう話す中でも、容赦のない斬撃が襲い来る。

 魔法歪曲ディストルドが通用してない? いや、単純に彼女の操作で動かしているから魔力で道筋を歪めても突破してくるんだ。

 なら、ここにリソースを割いている暇はない。解除して次の手を……


「――――【神の咆哮フルモバート】」


 刹那、重い衝撃と電流が走って、私は一瞬だけ意識を落とす。

 直撃……? シェダーハーツごと打たれたんだ。

 というか、グリモワールを閉じていても神雷じんらいは使えるのか……魔剣に気を取られてしまった。


「フード、ズタボロにしちゃったけど……あなたの顔がよく見えるわ」


 その言葉は、表情を見て魔法を解いた瞬間を推察した。そう言ってるように聞こえた。


「……カハッ」

「まぁ、普通直撃したら立てるはずないけど……下に鎧まで着込んでいたし、平気だと思ったわ」


 過去視か未来視でバレていた保険の鎧にはヒビが入っている。

 あの一撃でもうダメになってしまったらしい。

 当然、シェダーハーツも結晶が砕かれていた。


「砕けた結晶が……浮いてる……?」


 突然、エアリーが呟く。

 エアリーを捕らえていた騎士も呆気にとられたように、呆然と空中に漂う結晶片を見上げていた。


「【創天剣の魔法エアーファング】――――」


 再び空気が裂かれ、迫る。

 しかし空中に漂う結晶片が、不可視の刃に当たって弾け飛ぶ。

 

 未来視では何が見えているだろうか。未来はもう今に追いつく。


「うわああああ!?」


 創天剣の魔法エアーファングによって結晶片が弾け、弾丸のような音を立てて周囲の騎士の鎧を砕いた。

 私は動いた結晶片から不可視の刃の位置を特定し、難なく回避する。


「――全員、防御して!!」


 結晶弾の雨が降り注ぐ。

 雨あられに騎士達は阿鼻叫喚し、物陰に隠れたり、盾を構えて何とか凌いだりして雨が止むのを待っていた。


「くっ……ストック隊長、やはりあいつは!」

「……違うわ」

「この惨状を見てください! あんな凶悪な魔法、もう言い逃れは出来ません! フィア・マギアグリフは……!」

「だから騒がないの。この惨状を作ったのは私よ」

「は……? 何を言ってるんです?」

「結晶を砕いて散りばめたのも私。その結晶に剣を当て、あなた達を巻き込んだのも私。よく見なさい……私の失態よ」


 それでも、涼しい顔でそう言った。


「おい! 結晶が復活してるぞ!」

「一体どれだけの魔力を保有しているんだ!?」


 気付いた騎士が口々に言う。

 砕けても成長が止まることのない結晶は、前より大きく育ち始めていた。


「保有しているんじゃないわ。回復したのよ。フィアの魔剣をよく見てなさい。【回復魔法ヒール・ワウンド】」

 

 そう言うと、ストックさんの魔法で騎士達の傷は最初から無かったように消えた。

 すると、供給源を絶たれたシェダーハーツは成長を止め、私は剣を下ろす。


「……どういうことだ、魔法使い」

「ストックお姉ちゃんと呼んで」

「ストックオネーチャン」

「よろしい」


 あの棒読みでいいんだ。


「あの魔剣は他人の罪を自分に被せ、その罪を魔力へ変換して結晶化しているのよ。今成長が止まったのは、罪であった騎士あなた達の傷が無くなったから。全く変な魔剣を持ってるわね……行動を見るに呪いの内容を他人に話せないみたいよ」


 それを聞いて、エアリーは納得してくれたようだった。

 ストックさんはいつの間にかグリモワールを持っていなくて、丸腰のまま私の傍に寄ってくる。


「そんな訳で、この子は無罪……全部濡れ衣よ。これで全て魔剣が原因で起こったと証明出来たわね」

「まさか、我々を待機させてずっと囲わせていたのは……」

「こうなるって分かってたから。ごめんねー、こうでもしないと魔剣の力でみ~んな思考が捻じ曲がっちゃうから」


 ストックさんは唖然とする騎士達にひらひらと手を振り、その手を今度は私の肩に置いた。


「でも、理由はどうあれ私をこき使った責任は取ってもらうわよ♪」


 ……影が落ちた満面の笑みで、そう言われた。


「は、はいぃ……」

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