キミにあい言葉はいらない

紅野素良

残り22年足らずで人類は衰退する。


 ノートの隅に『2045年問題』とメモをする。



︎ ︎ㅤㅤㅤㅤㅤㅤ 2045年問題。


 AIが人間の知能を超えることによって生じる、予測不可能な事態や影響のことを指している。

 いわば人類に設けられたタイムリミットみたいなものだ。


 この先生はこういった雑学もテストに出題してくるから要注意だ。

 人工知能が暴走して人間に襲いかかってくる。

 そんな在り来りなSF展開はまだまだ先の事だ。


 そんなことよりも目先のことに集中だ。


 僕は熱弁する先生を他所に、先程まで考えていた、小説のプロットを思い出す。

 恥ずかしいが、僕はネットで小説を投稿している。暇さえあればネタを考えているが、なかなか思い浮かばないのが現状だ。

 近々コンテストが開催されるので、今はそれに向けて考えていたところだ。


「起立!」



 機械的に立ち上がり、持ってもいない感情を声に出し、軽い頭を下げる。

 結局なにも思い浮かばないまま、授業が終わった。


「今日の放課後どうするー?」

「昨日部活でさー」

「今日の金ローなんだっけ」


 授業が終わると会話に花が咲く。


「なーなー、1つ思いついちゃったんだけどさ、『GPT』ってやつで書いた小説をネットでバズらせれば金稼げるんじゃね?」

「アホか、そんなの犯罪に決まってるだろ」

「でもさ、絶対にバレなくない?」

「うーん。たしかに……でもさ、AIって感情がないから、淡々としそうじゃない?」

「AIにも感情はあるだろ、『』がな」

「ドヤ顔で上手いこと言ったつもりかもだけど、そんなに上手くないからな」

「まじかー! 結構自信あったんに。それよりさ2組の奈央なおりさんと最近どう──」



 隣の席ではなにやら面白そうな話をしている。

 盗み聞きから浮かぶアイデアもあるかもしれないから、盗み聞きは大事だ。


 チャットGPTね。噂には聞くけど、そんな凄いものなのか。所詮は人がプログラミングしたものだろ。大したことは出来ないだろ。


 それより、次の授業の準備をしないと。












 眠い現国の授業中でも、プロット作りは欠かせない。


 昨日見たテレビに出てきた、ドッペルゲンガーを題材にしたものなんてどうだろうか。

 恋に落ちた相手が実はドッペルゲンガーだったとか!………在り来り過ぎるか。

 なら、さっき話に出たAIで考えてみるか。

 成長したAIが人類に反撃を仕掛けるSF超大作とか!……残念だが、僕にそれを書くほどの能力はない。完全に力不足だ。


 自分の才能の無さに嫌気がさす。

 コンテストの申し込み期間はもうすぐなのに、作品が出来なければ話にならない。

 どうにかしないと。焦れば焦るほどアイデアは浮かばないものだ。




 結局これといったアイデアは浮かばなかった。



 もちろん、家でもいいアイデアは浮かばない。

 考えては没。思いついても、自分の才能に嘆いて諦める。この繰り返し。

 気がつけば、『自分に才能があれば』。この言葉が、アイデアを捨てるになっていた。


 世の中には『 無限の猿の定理 』というものが存在する。

 猿にタイプライターを打たせ続ければ、シェイクスピアの戯曲が完成するという定理だ。

 しかし、僕がシェイクスピアの戯曲を完成させるのは、2045年をとうに過ぎているだろう。

 僕が満足のいく小説を書き上げるのとAIが僕を越すのはどちらが早いだろうか。

 まるでウサギとカメだ。

 もちろん、僕がウサギだ。





 机に向かいながら、思考を巡らす。

 時計はもうすぐ今日を跨ぐところだ。


 ここまで考えてなにも思い浮かばないってことは、才能ないのかな。

 こうやって才能のせいにするのは楽だ。

 本当にすごい人は、僕なんかの何十倍も考えているはずだ。

 そういった現実からは目を逸らして生きている。

 僕はロボットじゃないんだ。なんでも合理的に判断できるわけがないだろう。



 そんなことを考えているときだった。

 ふと、今日の会話を思い出す。


 チャットGPT。


 与えられたテキストの指示に対して自然言語を生成するAI。

 これがあれば僕も…………。


 微かに震える手で、スマホを操作する。




【 高校生 人工知能 AI チャットGPT 2045年問題 才能 AIの逆襲 短編小説 ⠀】




 ものの数秒でそれは出来上がる。


 それは、当たり前だが、僕では到底完成させる事の出来ないものになった。

 僕の入れたキーワードに則って、AIが流暢に言葉を紡ぐ。

 僕の語彙力でこれを表せないのは惜しい。


 もしかしたら、そこまですごい作品では無いのかもしれない。ただ、ものの数分で圧倒的な差をつけられた。この事実だけが重くのしかかる。





 22年待たなくても、AIの逆襲はすぐ起きたじゃないか。





 もう、まともな判断が出来る理性は残っていなかった。


 おもむろに操作し、コンテストに出す準備をする。


 いつもなら、掲載するときにあるワクワク感も今日は無かった。この作品への感情は無い。

 あるのは影も形もない人の『あい』だけだった。



 そうだ。どうせなら、もっとピッタリの題名をつけよう。





 よし、決めた。









‌ ‌ ‌ ‌ ‌『 キミにあい言葉はいらない 』









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