後編
追いかけるというより、人ごみに流される感じで改札を抜ける。
石田君は、改札を抜けてすぐ左側にあるコンビニの前でキョロキョロしていた。
声の主が私だとはわかってないのだろう。
それはそれで悲しい。
私は意を決して、そこに向けて歩いていく。
心臓は、私の体全体を震わせるような、そんな感じ。ドキドキというよりどくどくしている。
「あれー。さっきの声って、相川さんだった?」
私が近付くと、石田君はふーん、と言いながら、笑っていた。なんとなく含みのある笑み。
「な、なに」
「何って、呼んでたのは相川さんだろ」
「あ、そうだった」
間抜けな会話だと思いながら、何をどうすればいいのか考える。
「あ、これ、あげる」
どう言うか考えていたはずなのに、勝手に口が動く。そして、バッグの中にあったチョコを取り出し、石田君に差し出していた。
思考と行動が噛み合わない。
「あ? なにこれ」
「これ、チョコ」
「うん、ありがとう」
「うん。食べてね」
「うん、ありがとう。で?」
何の問いなのだろう。
私は、石田君の「で?」に対する返答に悩む。
とりあえず渡せた。
チョコレートを渡す――それしか考えてなかったから、渡した後のことなんて……
「けっこう、周りの視線が痛いと思うけど。このあと、どうするつもり?」
石田君の言葉に、私は辺りを見回した。
割と注目されてる、みたいだ。同じ学校の人もいる。
そうじゃなくても、同じ中学だった人もいて、
「あれ、石田と相川? どういう組み合わせ?」
とか言ってる。
「うわ。ど、どうもしません! じゃ、また!」
私は出たばかりの改札に向かって走ったけど、定期がバッグから出てこない。次の電車を諦めて、駅の構内を足早に駆け抜けた。
駅を出てもまたすぐ戻らなきゃいけないのだけど。
構内を駆け抜け、西口を出たところで立ち止まる。
私の降りる駅はもう一つ先。この駅から家に帰ることはできる。
でも、いつも使ってる駅の駐輪場に自転車がある。明日の朝、歩いていけば良いのだけど。
ここから歩いて帰るか、次の電車に乗るかを考えていると、
「相川さん、渡し逃げはよくないんじゃないかな」
背後から石田君の声。
渡した後、何をどうすれば良かったのか正解がわからない私は、振り返るのを躊躇う。
顔は真っ赤だし、言葉はでてこない。
「あれだけ注目浴びることしておいて面白いね。とりあえず、立ち止まったままだと通行の邪魔だから、帰るんだけどさ。相川さん、ここからだと歩きだろ?」
え、まさか、途中まで一緒に?
そんな嬉しいこと!
いやいや、会話がもたないんじゃないの? 次の電車を待つ方が良いような。
「次の電車を待つなら、ちょっと話す?」
「え?」
「それとも、家まで送ってほしいとか?」
「そんな図々しいことは考えてないよ、何話せば良いかわからないし」
「ま、そうなるんだろうとは思ったよ。寒いからそこの店入ろっか」
夢よりもたぶん非現実的なこの状況。
なに? この予想外の展開――
石田君に着いていき、店に入る。
窓側の席が一つだけ空いてた。
オーダーは、無難にコーヒーと言うしかできなくて、俯いて座る。
「中学の頃から、俺を見てたのは、気のせいじゃなかったんだなあ。言いにくそうだから言うけど、相川さんは、俺のことが好きなんだよね?」
そう、やっぱりバレてるよね。
そうだと思った。目が合ってたから。
すぐそらしてしまったけど。
「チョコは、渡したかっただけで、だから、どうとかなくて」
「へえ……。否定しないんだ」
石田君は、はははっと笑う。
「バレてるんだから否定できない」「でもさ、相川さんがはっきり言ってくれないとさ」
言わせるつもりらしい。
こういうところ、私はツボである。
意地悪だけど、話を聞こうとしてくれる。
今、言わなきゃ。せっかくのチャンス。
えーと、でも待って?
好きだって言ったら、それで私は満足。伝えるだけでいい。
私は、石田君の気持ちが知りたいの? 付き合いたいわけじゃないのに?
「あの、石田君は、彼女、いる?」
「今はいない。知ってると思ってた」
「うん。知ってる」
そして石田君は、また笑う。
「遠回りに話すんだなあ。うん、話を聞くつもりでここにいるから、それで良いから。好きなように話して」「今、好きな人、いますか?」
「どうだろ。それについては、今はノーコメント」
「そっか……」
ストレートに、私は石田君が好きです、って。それだけ言えばいいだけなのに、なんでこうなる。
簡単なようで、難しい。
「おまたせしました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました」
店員に伝えたあと、私は頭の中で、言うべき言葉を反芻していた。
何度もシミュレートして、ホットコーヒーを飲み、ふう、と一息つく。
よし。言うぞ!
「私は、石田君が、好きなんです。彼女になりたいとか、そんなんじゃなくて、ただ、伝えたいだけだったんです。ほんとは、チョコ渡せたらいいやって、それだけだったんだけど、もう、勢いで話すなら全部話すのがいいかと思って。石田君が誰を好きでも私は大丈夫。……たぶん」
結構、一気にまくしたてるように言えた。
ふう。 言えた!
あとはどうにでもなれ。
「ありがとう。欲がないのがわかった。そっか」
石田君は、腕を組んで何かを考えているようだった。
「いまのところ、友達の好きってのが一番近いような気がする。付き合いたいとかじゃないなら、明日からも変わらずクラスメイトで。って、そんなので良い?」
意識してしまうのは前からそうだったんだから、たいして変わらないだろう。
「うん」
「今まで通りにはいかないかもしれないけど、よろしく」
何がどうよろしくなのか、わからない。でも私は、石田君のその言葉に頷くしかなかった。
サプライズのバレンタインイブはこうして終わった。
バレンタイン当日。
改札でのチョコ事件が、クラスで話題になり過ぎて、いままで通りとはいかない日常が始まろうとしていた。
いろいろフライングしたことで、付き合ってもいないのに、周りからそう見られてしまっている。
今まで通りにいかないと言っていた石田君の予想は当たっていたようだ。
そして放課後。
いつもの駅に着いて、自転車に乗ろうとした時──
「話したいことある」
と、石田君が突然現れた。
「ゆっくり話、これからのことの話なんだけど、聞いてくれる?」
〈了〉
フライング、サプライズ、チョコレート 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu
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