フライング、サプライズ、チョコレート

香坂 壱霧

前編

「放課後に渡すんじゃなかったの?」

「教室、人が居たから無理だった」

「そっか。でも、そんな事言ってたら渡せなくなるよ」 

 正門を通り過ぎてから、アキちゃんは私の頭をよしよしと撫でてきた。 


 最初は一昨年のクリスマス。

 その次はあの人の誕生日。

 二回もイベントを逃してしまい、去年のクリスマスは何も出来ない気がして準備しなかった。


「片思いで、プレゼント渡すのって告白と同義なんだから、思い切って言っちゃえばいいのに。ここまでプレゼント渡すのを延期したんだし」 

 よしよしと慰めてくれた割に、無理難題を言うのだから、私はへらへらと笑うしかない。 


 告白できるなら、とっくにしてる。

 言えないから、プレゼントでお茶を濁す。遠回りに分かってもらうために。

 ずるいのかな。

 言わないくせに、知ってもらいたいなんて。

「あんたらしいけどね。私の中学の頃の友人の話だけどさ。告白するって呼び出したのに、何も言えなくなってメモに好きって書いてそれを紙飛行機にした……

 それで両思い確定しただけで、何もないままって子がいたよ」 


 告白。呼び出し。

 考えただけで震えてくる。

 それをアキちゃんの友達は決行したわけなんだよね。

 すごいな。私は無理。

「というか、さ。あいつのどこが好きなわけ? 態度でかくて自意識過剰、顔はちょいイケメンかもしれないよ。でも、性格良いと思えないけど」 

 アキちゃんは、毒舌だ。思ってる事を、はっきりと言葉にする。

 私はそんなアキちゃんをかっこいいと思うから、友達になりたくて一緒にいるようになって、さらに好きになった。

「優しいとこあるんだから。わかりにくいけど照れ屋だから……多分。誤解されやすいんだよ」

「はいはい。そう思ってんのはあんた一人だろうね。まあ、それでいいんじゃないかな」 

 駅が見えてきて、私とアキちゃんはその手前のコンビニに入る。

「バレンタインが今回のプレゼント作戦でしょ。どうやって渡すの?」

「小さめで、そんなに高くない……コンビニで売ってるこれくらいの。そうじゃないと重たいかなって。アキちゃん、どう思う? これとか……」

と、横にいるアキちゃんをつついたつもり。

 そのはずが、まさかの。それはあの人だったみたい?! 

 ウソ!

「なるほどね。相川さん、誰かにチョコあげるんだ。コンビニでお手軽、まあ、付き合ってほしいくらい思ってるヤツにこのチョイスないって思うぞ」    

 え、そうなの?! そういうものなの?

 私は動揺して、アキちゃんを探してアイコンタクトで会話する。

 するとアキちゃんは、すっと目をそらして店から出ていってしまった。 

 まさか。マジか……

「そうだなあ。渡すのがクラスメイトでノリ軽めなら、これくらい。あ、そういや、俺、クラスメイトだな」 

 ……じゃあ、コンビニチョコはやめとこう。そんな軽い気持ちでもないし。軽くないし。ちゃんと深くて重たいはずだし。あ、重たいのはダメかな。

「あ、それ、買うのやめる? じゃあ、超本命に渡す感じか。それならそこそこ高いやつじゃねーの。知らんけど」 

 ははは、と、私の顔をじっと見たあと、笑いながら店から出て行ってしまった。 

 バレンタインまでに、適度に高級なチョコ、買わなきゃ。 

 でもどうやって渡そう。 


 コンビニから出て、駅の改札口辺りまで行くと、アキちゃんが待っていた。

「話せた?」

「うん。でも、動揺してしまって」

「大丈夫じゃない? さっきのは想定外でしょ」

「うん。――でね、アキちゃん。今度の放課後、チョコ買いに行くの付き合ってね」


   ☆ ★ ☆ ★


 バレンタイン前日。

 チョコは通学用カバンの中にいれてある。渡すチャンスがあれば、いつでも渡せるように。 


 放課後まで、やっぱりチャンスはないままで、私は明日が本番か。と、気合いを入れ直して、駅に向かった。  

 今日はアキちゃんいなくて、一人での下校だった。 

 駅の広場には、あの人が友達何人かとふざけあっていた。その群れには、時々女のコが近付いて、あの人の友達にチョコを渡していた。

 それを見ながら、あんなふうに軽いノリでは渡したくないと考えていたら、あの人が私を見ていた……ように見えた。  

 気のせい気のせい。 

 あの人と私は中学が同じ。家を知ってるから、持っていこうかな。でも、後をつけるみたいになるよね。 

 どうしようと考えながら電車に乗り込み、悩んでいたら降りる駅に着いてしまっていた。 


 降りようとしたら、あの人は別の車両から降りて小走りで改札を抜けようとしていた。 

 あ、チャンスが逃げる。

「あっ、あの! 石田君!」  

 呼び止めつつ、バッグからチョコを取り出しつつ……

 あの人は「ん?」と、足を止めていたけど、人波にもまれて改札を抜けてしまったらしい。 

 でもちゃんと改札抜けたあたりで、キョロキョロして、呼び止めた声の主を探しているようだった。

 つまり、私だとはわかっていないということ。それは悲しいけど、仕方ないよね……


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