2月16日 10:32 国立競技場

「地元から出るチームが増えること自体は有難いとは思いますが……」


 陽人本人のチーム管理にとってプラスになるというと疑問である。「優遇するからもっとメンバーを出してくれ」と言われようものなら本末転倒だ。


 それに、周囲の反応も気になるところだ。


 数年前から決まっていたことならともかく、今年になって突然「優勝校のいるところを優遇します」となると「高踏贔屓だ」というような反感が生まれる可能性もある。



「高踏に反感が生まれることはないと思うよ」


 察知されたのか、峰木が回答する。


「導入する場合には、試験的にやってみるという名目で、インターハイから始める予定だ。そうなると優遇を受けるのは武州総合になる」

「あぁ……」


 細かくネットニュースなどを見ていない陽人でも、武州総合の監督・仁紫権太がヒールキャラ扱いを受けていることは分かっている。そちらがまず優遇されると、そっちに怒りが向かい、選手権の高踏は忘れられる可能性があるということだ。


 古賀も続く。


「それに、枠が減るわけではないからね。今後もう少し拡大を見据えていると言っても構わない。会場が確保できるかどうかにもよるが、シード四校以外は全部一回戦スタートでも構わないのだからね」

「それは分かりました。ただ、ウチは凄い選手を集めて鍛えるというより、じっくりコンセプトや戦術を磨いていくところですので、選手が引き抜かれると結構辛いのが正直なところです」

「もちろん、それは分かるんだけれどね。負担をかけているのは承知しているのだが……」



 試合が始まった。


 高校選抜のスタメンは、GKが新条功、DFは佃浩平、平雄太、谷端篤志、斎藤享悦、MF楠原琉輝、高幡昇、上木葉尚樹、FW七瀬祐昇、古郡穂積、城本寛紀だ。


「これは強そうだ……」


 メンバー発表の時点で、陽人自身声をあげていたほどだ。


 高踏から行っている司城と神田はベンチだが、さすがにこのメンバーを差し置いて一年でスタメンとはいかないだろう。


「谷端のところは紺谷さんかとも思いましたが……」


 GKとDFは1人を除いて堅守の北日本短大付属のメンバーである。ここに頭脳派の紺谷が入ればバランスが良いように見えたが、代替招集の谷端が入っている。


「夏木君が言うには、紺谷君は少し体調が良くないらしいから、無理はさせないというところだろう」

「なるほど……」



 対戦相手のみなとみらいU18も同じ4-3-3のフォーメーションである。


 シテスム的にはかみ合う形となるが、楠原、高幡、上木葉で構成される高校選抜の中盤が流動的に動いて相手のパス回しを寸断している。


「世界一メンバーだけあって、堂々としたプレーぶりだねぇ」


 高幡が競り合いで相手を吹き飛ばしてボールをキープしたシーンに、峰木も唸る。


 古郡が左サイドのオープンスペースに走り、そこに高幡からボールが出た。追い抜いた佃にスルーパスが出て折り返したところに、城本が詰めて早くも高校選抜に先制点が入る。



 古賀が再度出場枠の話に戻した。


「選手が引き抜かれて練習の時間が確保できないという問題に対しては県のサッカー協会にもかけあって、なるべく県予選の試合を減らす方向で調整してもらうよ」

「そういうことができるんですか?」

「特例ではあるのだが、君達が最初の特例というわけではない。以前から、時々はある特例だ。新人戦に優勝すれば総体予選は準決勝からの出場だったと思うが、選手権についても準決勝からスタートくらいに頼むことは可能だ」

「……そうですか」

「これは今だけを捉えてのものではないんだよ。協会には中学生世代の期待の選手達の進路の情報も入ってきている。愛知の有力選手は軒並み高踏高校希望へとシフトしたようだ。学力が届かない者は別として」

「……確かにそういう話自体は聞いています」


 高校サッカーよりも中学サッカーの情報が好きな高幡舞のような存在がいるので、新人の動向が一部伝わってきている。「来年はトップクラスが10人くらい入ってきそうです」というような話だ。


(しかも、彼らが把握していない草山紫月もいるし……)


 有望な選手が増えること自体は有難いが、あまり多すぎると管理ができなくなる。


 現時点で既に30人を超えているのに、この上トップ選手だけで10人入学してきたのでは管理が大変だ。


(新一年にも末松タイプの子がいればいいんだけど……)


 そもそも、新一年が三年になる時には陽人はもちろん、三人組と末松を含めた二年もいない。


 トップクラスだけで10人はいるという世代の集大成が、監督・真田順二郎だと目も当てられない。



 ピッチに目を向けると、高校選抜がコーナーキックを取った。


 上木葉の蹴ったキックはDFに阻まれるが、クリアとまでは行かずゴール前付近で混戦となる。


 谷端が相手と競り合い、ボールが弾かれたところに七瀬が突っ込んできた。強烈なヘディングがネットに突き刺さる。


 2-0となり、同時に高校選抜側は司城と神田も含めたサブメンバーがアップを始める。


 この試合の名目は「ネクスト・ジェネレーションマッチ」である。


 次の世代の期待の星を全員登場させようという意図が、夏木にはあるのだろう。

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テクニカル・エリア 川野遥 @kawanohate

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