エピローグ

 ジルベルトの死の真相が明らかになった夜から二週間ほどが経過した。

リアンは自宅であるアパートの窓から日中の陽が注がれる街路を見下ろしている。

 街路にはたくさんの住人達が出てきて聴衆となり一組の若い男女を囲んでいた。

 男女の青年の方が住人達に向かって告げた。


「平民党のロスラフ・シュラーです。今日は皆さんに大事なご報告があって参りました」


 住人達が期待を膨らませて囁き合う。

 ロスラフは聴衆が静かになるのを待ってから続ける。


「えー、これまで実施して来た配給はパンだけでしたが、これからは飲み水も追加します」


 途端に住人達から歓声が上がった。

 歓声に若干たじろぐロスラフを隣にいるフリッカが促すようにニコニコとせっついた。

 一度咳払いをしてからロスラフは口を動かす。


「この街では生活用水が雨水であり、飲食に使う水も雨水で賄われている状態です。都市部の水路をこちらまで延ばすことは現状困難ですが、飲み水の配給ならすぐに実施できると考えた上での判断です」

「リアン、外から声が聞こえるけど何て言ってるの?」


 ベッドから祖母が尋ねてきた。

 リアンはベッドの祖母を振り返る。


「ロスラフ・シュラーが来てる。配給に真水も加わるそうだ」

「あら嬉しいわ。きっと綺麗な水が飲めるのね」

「私も楽しみだ」

「リアンや。他には何か言っとるか?」


 会話を聞いてか祖父も問いかけてくる。

 他はまだ知らないと、リアンは答えて窓外の路地へ視線を戻した。

 ロスラフの報告は次の話題に移っていた。


「この街の教育状況についてですが……」


 リアンはよく聞こうと耳を欹てた。


「一応学校なるものを開校しているようですが雨天時には中止せざるを得ず、未だ教育機関としては物足りないのが現状です。都市部のような広大な敷地を持った学園とはいかないまでも、せめて生徒が快適に勉学に励める環境づくりを行っていきたいと思っています。そこで第一段階として屋根はもちろん黒板や教材なども備えた教室を建設します」


 ロスラフの宣言に聴衆は感心のあまり歓声すら上げられなくなる。

 窓から聞いていたリアンも喜悦を感じたように鼻を鳴らした。


「我々、と言っても今はまだ三人しかいませんが平民党はこの街の味方です。権利の平等推進、人種差別の撤廃はもちろんですが、この街を良くするお手伝いも続けていきます。住人の皆さん、これからもよろしくお願いします」


 ロスラフは締めくくり、深々と頭を下げた。

 聴衆から割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 リアンは拍手の大音響を聞きながら窓から離れ、祖父母の方を向く。


「ロスラフ・シュラーは完全にこの街の支持を勝ち得たな」

「そうねぇ。みんな、ロスラフさんが来るたびに何かを期待しているもの」

「彼の父ジルベルトも天国で飛び跳ねてるだろうな」


 感慨深そうにする祖父母を見て、リアンはもともと緩んでいた表情をさらに綻ばせた。

 ローテーブルに置いてあった一枚の用紙を手に取り、部屋を出るためにドアに近づく。


「行くの、リアン?」


 問いかけてきた祖母に振り向き、安心させるように笑いかけた。


「夕方には戻る」

「そう。頑張ってね」

「言われるまでもない」

「リアンや、サインを書き間違えてないか?」


 祖父がからかうように言った。


「間違えてない。確認した」

「そうか。では行っといで」


 祖父が皺くちゃの顔に満面の笑みを浮かべて送り出す。

 リアンはドアを開けて祖父母の寝室を後にした。

 ダイニングを抜けて出入り口のドアノブに手をかけたところで、感触を確かめるように手に持っている用紙に目を落とす。

用紙には『入党手続き書』と大きく記載されている。


「行くか」


 決心をつけるため意識的に呟いてからドアノブを捻った。



 リアン・フォステ。

 インネレシュタット市を騒がせた『白い仮面』の正体であり、今日より晴れて平民党に加わった三人目の新しい党員だ。

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若き政治家と白い仮面 青キング(Aoking) @112428

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