6-6

 ロスラフとリアンの二人は豹変したユルゲンに追いつかれることなく街区へ帰還した。


「もういいだろ。降ろせ」


 いつまでも背負われているのが恥ずかしいのかリアンは不服そうな声で言った。

ロスラフが屈むのも待ちきれない勢いで、さっさと背中から離れて地面に降りる。

けれども怪我をした足首の踏ん張りが利かず、咄嗟にロスラフの服を掴んで支えにした。


「無理しないでね」


 ロスラフはリアンに笑みを向けてから目を瞠った。

 今までオペラマスクの下に隠されていたリアンの素顔が晒されている。

昇り始めたばかりの朝日に輝く銀髪とは真逆の漆を塗りつけたような黒い肌。


 ――写真で見た彼女の母親は銀髪と白い肌をしていたはずなのに。


 リアンの容姿を母親にそっくりだと勝手に思い込んでいた。


 ――母親が白いのにリアンさんの肌が黒いということは、彼女の父親はもしや……


 そこまで思考が至ると、彼女の母親が結婚を反対された理由までも腑に落ちた。


「君には黒人の血が流れてるんだね」


 唐突にロスラフは驚愕の引かぬ思いで呟いた。

リアンが不可解そうに片眉を吊り上げる。


「なんだ、藪から棒に」

「君の事を僕と同じ白人だと思ってた。だから、ちょっと驚いてる」


 ロスラフが答えると、ふんとリアンは鼻を鳴らした。


「お前もか。ロスラフ・シュラー」

「お前もか、ってどういうこと?」

「私が白いと思っていただろ?」

「僕以外も君の事を白人だと思っていたの?」


 先入観による誤信をすまなく感じながらロスラフは尋ねた。


「そうだな。都市部で私が白い仮面として怪盗まがいの事をしていた時、誰もが白い仮面の正体を見抜けなかった。何故だか分かるかロスラフ・シュラー?」

「……顔が隠されていたから?」


 多分違うだろうな、と思いながらもロスラフは答えた。

 リアンが首を横に振る。


「それだけではない。都市部の奴ら全員が白い仮面の正体を白人だと思い込んでいた。我々より劣る黒人に翻弄されるはずがない、という世間が生んだ優越感で知らないうちに黒人の可能性をもみ消していた」

「それじゃ、僕たちはずっと君に騙されていたんだね」


 負けを認めるような気持ちで言った。

リアンは黒々とした顔に心底誇らしげな笑みを浮かべる。


「私はこの街で一番の秀才だからな。人を騙すぐらいお手の物だ」

「参りました」


 ロスラフは投了したように頭を下げた。

 しばしして顔を上げると、ふと気が付いたように問う。


「もうオペラマスク無しで大丈夫なの?」

「……」


 リアンは沈黙し、そっぽを向いた。

 銀髪を手に持ってロスラフの視線を遮るように顔を覆う。


「じろじろ見るな。慣れてないから恥ずかしいだろ」

「そっか。じゃあ見ないようにするよ」


 ロスラフは微笑みかけ、自分の方から目線を切った。

 リアンが未だに服を掴んでいるのを感じながら歩き出す。


「街の人達にユルゲンさんが犯人だと知らせておかないとね」

「そうだな。黒幕を知れば街の者全員が怒りを爆発させるだろう」


 リアンは私欲によって十年前の悲劇と今回の殺害計画を企てた悪人が、街にいる力自慢の男どもによって袋叩きに遭うのを想像し、痛快気な笑みを溢した。

 一方でロスラフはリアンの表情をこっそり見ながら、彼女の想像していることがなんとなく分かる自分に少し充足感を覚えたのだった。



 この後、森から戻ってきたユルゲンは十年前の悲劇の犯人だとして住人達の大批判を浴び、事実を知ったフリッカに絶縁されて平民党からの追放を余儀なくされた。

 ユルゲンの雇った殺害の実行者である黒人の男は、首筋の切傷が原因で路地裏で野垂れ死んでいるのが発見された。

ロスラフに伸びていた魔の手は全て消え去ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る