23話 正論は、自分を救わない。
「最期に言いたいことはあるか」
「......ふっ」
処刑台から見下ろす街。圧巻だ。何千何万という群衆が、俺の死ぬ瞬間を見届けようとしている。実際の配信を見ていた数はこれ以上だったのか。感慨深いものがある。
なるべくその光景を目に焼き付けようとする。声を上げる群衆たち、それらが何を言っているかはもちろんわからない。だが、口を開き、手を振り上げ、俺の死を煽っているものが大半だろうか。
時折、人々の輪ができている箇所がある。
そこでは、人々が取っ組み合いをしていた。
『弱者救済! 強者抹殺!』
『ブレイの遺志よ永遠に!』
認識できる旗には俺に触発されたであろう文字列と共に旗が振られる。そして旗は群衆に押しつぶされ、燃えていく。
最期の言葉など決めてなかった。俺はもう、タジル以外のムカつく奴も、この手で全員殴り、殺しきった。後悔をこの世に残した状態で、あの世に葬った。
殺し切った瞬間から、俺は生まれて初めて、日々が充実した。呪縛から解き放たれたようだった。新しい人生が、始まったような気がした。その時過ごした、穏やか数週間だけで幸せだった。
だから最期に言いたいことなどない。
「俺はやりきった! ありがとうみんな!」
「「「「「「……」」」」」」
最期の言葉を聞き切った群衆が、今度は自分の番だと言わんばかりに、罵詈雑言の嵐を俺にぶつけてくる。
「何がありがとうだ異常者! 死ね!」
「お前は人じゃねえ!」
「早くこの世から消えろ!」
人々の声、リアルタイムのコメントがどんどん鮮明に聞こえてくる。
......おかしい。俺は満足したはずだ。
罵詈雑言を浴びる度に不快さと怒りが跳ね上がる。俺はやることをやり切って、最期に綺麗に人生を終えようとしてたのに。
「親が生きてたら殺してやるところだ!」
「誰だこんなやつを生んだのは!」
「地獄に堕ちろ!」
「クソが!」
「早く消えて!」
「悪魔! 鬼!」
「同じ人間として恥ずかしい!」
「「「「「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」」」」」
なのに何でコイツらは雑音を発するんだ。
誰かが発した『死ね』の掛け声は、あっという間に群衆の間に広まっていき、響き渡る。
その光景を見て、処刑人が断頭台を下ろす覚悟を決める。祈りを捧げ、手を下ろそうとする。正真正銘、俺の最期の瞬間だ。ああ、さよならだ。
とはならなかった。
「何だかなあ」
煮え切らない。何気なく出た俺の疑問の言葉に、処刑人の手が止まる。恐れ慄いているようだ。
死ぬ前に、まだ拭いきれない違和感と気持ち悪さがある。
俺が殺した人間は、俺の立場が弱いのをいいことに、罵詈雑言を浴びせ、不当な労働形態で利用してきた者たちだ。いわば、精神的な暴力を率先して振るってきた者たち。
俺はそいつらを物理的に殴り返しただけだ。そして殺した。今居る群衆に迷惑はかけていない。
法律に則っていない行為をしたのは事実だ。元一般人の俺としては、流石に良心も傷む。だから今、この身を持って報いを受けている。
――しかし、無抵抗の俺を使って、この場に乗じて精神的暴力でストレスを解消してくる奴らの、気持ち悪さはなんだろう?
疑問が残った。解決したくなった。なぜコイツらには何もしてないのに、俺はコイツらに罵詈雑言を浴びせられる? 目の前では言わないのに、圧倒的な安全的な立ち位置になった途端、強気になる?
ただ乗りで人を叩いて気持ち良くなろうとする人々。その目は、かつての上司や後輩の目と同じように見えた。あの嘲笑う目。見下す目。俺を利用して鬱憤を晴らす者の目だ。
周囲を見渡すと、俺の信奉者と思わしき人間が暴力を振るわれている。それを見て見ぬふりをしている国家憲兵たちの姿も見えた。人々の魔力の経脈。それが怒りで段々はっきりと見えてきた。
恐れ慄き、戸惑った処刑人は自身の役目を思い返し、手を離す。断頭台の刃が俺の首を目掛け落ちてくる。
俺に抵抗する術はない。だが、その刃が落ちてくるのが、余りにも遅い。
……この時間が止まる感覚、前にも感じたことがある。
魔力が戻ってきた感覚を覚える。というより、現在進行形で戻ってきている。群衆の憎しみや怒り、時に悔しさが経脈を辿って、俺の元に魔力として辿りつく。
――殺せよ。
――思い通りにいかない現実なんて、全部殺せよ。
自身で決着をつけるのを、
だが今は違う。
俺はこんな奴らに心で負けたくない。心を踏み躙られたままで、死にたくはくない。
だから、闘う。
向けられた憎しみ、怒りの経脈のみを識別し、魔力を逆流させる。込める魔力は各自に微量。しかし、そこらへんの人間にとっては許容量を大幅に超える。
断頭台から見える群衆の景色が、赤色に染まった。
血飛沫をあげ、激痛で絶叫を上げる人々。何が起きたかもわからず群衆は慌て、縦横無尽に駆け回り、ここではないどこかへと、とにかく逃げようとする。
ぶっ殺す。ただ乗り野郎だけは、とにかく苦しめる。
そう考えると、群衆が二回目の絶叫を上げる。
しかしこれは、ここにいる大半の人々が選んだ結果に過ぎない。
「……俺を殺してくれなかったのは、結局お前たちだ」
お前たちの憎しみが、俺を殺さなかった。
群衆と同様に、魔力を送り込まれて倒れた処刑人。そいつから鍵を拝借しようとすると、眼前に女が現れた。
狂熱の魔女、マリアの姿がそこにはあった。
「......まだ見れそうね。面白い世界」
マリアは俺を封じていた枷を外し、静かに、穏やかに微笑む。
その笑みは、血飛沫が噴き上げ、赤く染まる世界に、恐ろしく不釣り合いだった。
了
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底辺社畜から、最凶人気ダンジョン配信者。~ムカつくやつらを手帳に書きこんでいたら、それは恨みを力に変える魔導書でした~ チャンカパーナ梨本 @tyankapa-nahashimoto
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