修善寺奇談
キヒ・ロフン
第1話夏の終わりに
次から次へと目まぐるしく変化していく日々の中で、ただ、「暑い」と「寒い」しか感じていなかった季節の移り変わり。
信号待ちの交差点、ふと久しぶりに見上げた空は、突き抜ける青をバックにうっすらと魚の鱗の様な、幾何学模様の雲が美しく広がっていた。
「ああ、もう秋だな」
懐かしい顔に出会った様な、ちょっと胸の奥をくすぐられる様な、微妙な心地。
「これって、エモいって言うヤツかな?」
信号が変わって、足早に歩いていた脚の動きが穏やかになっていた。
「あ〜もう今日は仕事止めて家に帰ろうかな」
それは無理な相談だ。具合が悪い訳でも無く、今から家に帰ったら家内と娘が般若と化すだろう。
スローダウンしながらも僕の脚は前進を続けていたが、脳ミソの方はすっかりやる気を無くして立ち止まってしまった。
「そういや、あの時も夏の終わりだったな」
立ち止まった脳ミソはやるべき思考を拒否して、エモさばかりを物色している。
まだ携帯電話もインターネットも存在しなかった頃、僕は静岡県の伊豆半島、中伊豆町に住んでいる高校生だった。学校は修善寺にあって自転車で通学していた。
他人様から見れば平凡な高校生活だったであろう。自分から見ても可も無く不可も無く、平穏な三年間だった。
でもあの頃、一日が長かった。一年はその365・25倍長く、その三倍の月日は濃密で、
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