第5話で、出た!

 僕達がカーブミラーまで後30mくらいまで近づいたところ、ミラーの支柱の脇に白っぽい服を着た女性が立っているのが見えた。      

「うわぁ、で、で、で、出たー」

 と叫んでサエキは、自転車に飛び乗り、凄い勢いで坂を下って行ってしまった。

 さらに、事もあろうにサエキの奴、慌てて逃げる際に僕の眼鏡を手で引っ掛けてどこかへすっ飛ばしてくれた。僕は極度の近視なので眼鏡が無いとどうする事も出来ない。

 その場に立ちすくすしかなかった。視界がボヤけているのでその人影も良く見えない。

 すると、その人影が近づいて来た。

 逃げようとは思わなかった。度胸が据わっている訳では無い。こういう時の僕は固まってしまって何も出来ないのだ。蛇に睨まれた蛙?みたいなものか。眼鏡が無くて身動き取れないせいもあった。

 こちらに向かって真っ直ぐに進んできたその人影は、僕まで後3mくらいの距離で止まった。

「あの、眼鏡なら足元に落ちていますよ」

 その人影は涼しげな声で喋った。

 僕はキョロキョロと足元を探した。

「ほら、右足の脇50センチくらいのトコ」

「え、どこ?」

「ちょい右」

 さらに言われて、しゃがんで路面を撫で回したら眼鏡があった。安心して眼鏡をかけてその人影を見た。

 なんの変哲も無い普通の女子だった。ちょっと小柄で日焼けして、オカルトヲタクで色の白い僕とは対照に健康的だった。

「お友達、逃げて行っちゃいましたねぇ」

 と言われて、ハッとした。サエキのヤツめ。

「ごめんなさい、アイツ、出たとか言って」

 と顔が熱くなるのを感じながら謝罪すると。

「いいのよ、こんなトコこんな格好カッコでうろうろしているとよく幽霊と間違われるのよ」

 と言って笑った。何か幽霊と間違われる事を楽しんでいる様子も伺えて、そのちょっと悪戯ぽい笑顔にドキリとした。

「あ、僕、修善寺のI高校二年のアベと言います。アベイサムです」

「そう、イサム君、私はカネコマイ、高三よ」

 いきなり、下の名前で呼ばれてまたもやドキリとした。「やっぱり年上か」落ち着いた雰囲気の彼女は、大人な感じで思った通り一コ上だった。

「私、沼津のN高で家は戸田なんだ」

 なるほど、確かに見た事の無い制服だと思ったら沼津だったのか。

 僕は納得した。 

「お母さんがこの上のドライブインで働いていて、たまに一緒に連れて来てもらうのよ。で、お母さんの仕事が終わるまでこの辺りをブラブラ散歩しているの」

 これまた合点が行った。彼女は伊豆半島の西側からお母さんの車に乗ってだるま山に来ていたのだ。学校は沼津なので修善寺辺りじゃ見かけない制服だし、たしかにその格好でこんな山の中をウロウロしていたら幽霊と間違われても不思議では無い。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ってヤツか、と一人納得していた。

「ところで、イサム君はなんでこんなところまで自転車で来たの?」

 と問われて、言葉に詰まった。

「えっとぉ」

「幽霊でも見に来たの?」

 と言われ、

「ごめんなさい」

 思いっきり頭を下げた。

「いいのよ、君のお友達みたいに私の姿を見ると慌てて逃げ出しちゃう人結構いるのよ」

 と言って彼女はまたコロコロと笑った。釣られて僕も笑ってしまった。

 僕のクラスにも女子は半分いるし、話をする事もある。だけど彼女は一コ上のせいか、何かクラスの女子達とは違う雰囲気でなんだか、心はドキドキ、身体はソワソワした。

 そろそろお母さんの仕事が終わるので、ドライブインまで歩いて上ると彼女は言った。

 僕はなんだか名残惜しくて、もっと話がしたくて自転車を押しながら彼女と坂を上った。

「イサム君上まで行った事ある?」

「ううん、地元だけど登るのは今日が初めて」

「そう、ドライブインからの景色は凄く綺麗よ、この時期の夕暮れは特にそう」

 彼女は言った。

 辺りは薄暗くなり始めていた、丁度夕焼けの頃だ。

 やがて、ドライブインのある頂上へ着いた。

「わぁ」

 思わず声が出た。

 オレンジ色の夕日に染まった駿河湾と逆光でクッキリとシルエットを浮かび上がらせた富士山、凄く綺麗だった。

 隣にいる彼女の顔もオレンジ色に染まって凄く綺麗だった。

  

 絶景より彼女の顔をずっと見ていたかった。

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