第6話まさか、そんな

 吹き上げる風に彼女の髪がそよぐと、とても良い香りがした。

「また会う約束をしよう」

 そう心に誓っていたら、

「ちょっとゴメンね」

 と言って彼女は、ドライブインの外にあるトイレへ向かって歩いて行った。

「付いていったら悪いな」と思った僕は、何となくドライブインの建物の方へ歩いて行くと、もう閉店らしく一人の女性が建物の鍵を掛けている。

 この人が彼女のお母さんかな?とその女性の方へ歩いて行くと、僕に気付いて。不思議そうな顔で僕を見つめた。

 そう僕も学校帰りで制服姿だったのだ。自転車を押しているとは言え、夕暮れ時にこんな場所にいたらさぞ不自然だっただろう。

「あーごめんなさい、もう終わりなのよ」

 僕の母よりずっと若かった。マイさんによく似た印象で、彼女のお母さんに間違い無いと感じた。

「えっと、カネコさんですか?」

 僕が尋ねると、

「そうだけど、」

 と言って不思議を通り越し怪訝な顔でその女性ひとは言った。

「怪しまれてる」と思った僕は慌てて、

「あの、お嬢さんと一緒にここまで来て」

 とそこまで言うと、その女性ひとの目は大きく見開き、眉間にはシワが寄って、般若の如く怒りの表情に変わり、僕の顔をしばらく睨みつけた後、ふぅーと大きく息を吐いて、

「で、娘はどこに居るの」

 と聞いた。

「お手洗いだと思います」

 と答えると、

「一緒に来て」

 その女性ひととトイレまで行った。

「そこで待ってて」

 女子トイレの前で待たされると、その女性ひとは女子トイレの中へ入り、中でバターンバターンとトイレのドアを派手に開ける音がした。

 やがて、その女性ひとはトイレから出てくると、

「誰もいないわよ」

 と言って、また深い息を吐いた。

 僕は混乱して困惑した。

 しどろもどろになりながら、

「ついさっきまで一緒にいたんです。すぐそこで二人で夕日を眺めていたのに」

「夕日」と言う単語で、その女性の表情が少し和らいだ。

 僕はつい今さっきまで彼女といた事を信じてもらおうと、必死で、

「彼女、マイさんは、ここから見る夕日がとても好きだと言っていました」

 と言うと、

 その女性が急に泣き出した。

「マイ、」

 その女性はまたトイレへ飛び込むと、

「マイ、どこにいるの?お願いだからお母さんに姿を見せて頂戴」

 と大きな声で叫んだが、その声はトイレのタイルに反響するだけで、何の反応も無かった。

 僕には事態が全く飲み込めていなかった。

 がっくりとうなだれてトイレから出てきたその女性ひとは、いきなり僕に抱きついてまた泣き出した。

 僕は理由も解らず、どうする事も出来ず、ただそのままじっとしているしか無かった。

 その女性の髪から彼女と同じ香りがした。

 しばらくすると、

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 その女性が手て涙を拭いながら、僕から離れた。

 うつむきながらその女性は言った。

「カネコマイは半年前に亡くなったのよ」

「えっ?」

  

 頭が真っ白になった。

  

 だって彼女はどう見ても生身の人間だったじゃないか。

  

 でもそう言うものなのかもしれない。みんな気付いていないだけかも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る