揺蕩うあぶくたち(2)
――行ってもいいなら。
俺の寂しさに直接肉薄するようなその文字列を視線でなぞって、何をいい歳こいて動揺しているのか、と煙草を取り出して、ライターで火をつけようとする、が、上手く点かない。
俺はしばらく考え込んで、アッキーからのリプを眺めた。何か世界の秘密を手のひらの上に抱え込んでしまったみたいだった。
『本気?』
俺は桃うさぎのDM欄からアッキーに問うた。
『本気』
秒速の返信は彼の据わった覚悟を思わせた。
『やめといたほうがいいよ。遠いし』
『遠さは問題にならないと思う』アッキーは続けて、息でも吸うみたいに『とか』と続ける。『そう、思うよ。桃うさぎさん』
正直に言うと、俺はアッキーを手放したくなかった。アッキーが俺を女だと信じ込んでいるからもあるし、アッキーは俺に優しい。どんな話でも聞いてくれる。肯定してくれる。ずっと一緒にインターネットで揺蕩っている。背伸びなんかしちゃって、その青さを可愛いと思うこともある。でも相手は男だし、年下だ。ここで断っておかないと、あとをひく。
『だめだよ』
でもアッキーは意外なことに
『親にもちゃんと許可取るし、いいよ、大丈夫だから』
『移動費だって馬鹿にならないでしょう。高くつくよ』
『大丈夫。お年玉あるし』
『貯金しなさいもったいない』
『今使わなくてどうするんだよ』
聞く耳も持たない。
『ねえ、会いたいって、分かってよ』
極めつけに、そう言う。自分が何者であるかを忘れて、俺はため息をついた。煙草の匂いが香って初めて、自分がいい年した男だってことに気づく。
「……ばかじゃねえの」
桃うさぎを
あれこれ考えていると、スマホの上部に最近会ったばかりの姪からのメッセージが表示されていた。
『叔父さん、荷物送ってくれてありがとう。叔父さんの選んだお土産、高校の皆にも喜んでもらえました……』
俺はすかさず適切な返事を打つ。無事届いてよかった云々。姪くらいの若い男を誑し込んだその指で、姪に返事をする。善い叔父を演じるように。
――
母の言葉が何度もリフレインする。いいひとが。いいひとができればいい。いいひとが……優紀にも。期待と落胆の入り混じったマーブル模様は胃の腑を彩って吐瀉物になる。こみ上げてくる吐き気の中、続いてアッキーの返信がポップアップする。
『いまのなし、忘れて』
それを見た時、俺の中の「桃うさぎ」が即座にレスを打っていた。
『何を見てもびっくりしないなら』
俺には止めることができなかった。
『おいでよ、S市に。待ってるから』
そう言い訳させてほしい。
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