雪の降る僕の街(2)
憂鬱にもならない毎日は、僕をある方向へ押し流す。それは河に似ている。僕は流れに抗うことができないし、抗う気も起きない。身体を固くして、なるたけ楽に流される方法を手探りで、低く垂れこめた冬の空を見上げることしかできない。空には何もない。少なくとも、昼の空には。
僕は昼より夜が好きだ。
そして、桃うさぎさんは、夜の星に似ている。
「
委員長は誰にでも変わらぬ笑みを向ける。
彼女は僕の幼馴染で、僕とは違う世界に生きている。「違う世界」と言い切れるほど彼女のことを知らないけれど、少なくともひとりを好む僕と大ぜいに囲まれて笑うことの方が好きそうな委員長なら、見ているものもまるで違うんだろう。そう思う。
「おはよう、
『我流の生き方ができるくらい孤独になりたい』
『あと、孤独を分け合えるって愛だよね』
「宿題終わった?」
「当たり前だろ」
委員長と会話の応酬を繰り広げつつも、頭の中では昨晩、ううん、ずっとずっと前から繰り返し繰り返し、桃うさぎさんと交わしたやりとりを思い返している。僕は相槌を打つだけ。彼女の孤独を奪うことはできない。おいそれと触れていいものじゃない。僕はまだ彼女に許されていない。
僕は知っている。桃うさぎさんには鍵がかかった裏のアカウントがあって、本当に心を許したフォロワーにしかそれを教えていないんだって。
招かれない僕はただひたすら、彼女が扉を開けてくれるのを待っている。
「ねえ、冬休みどこか行った? 私、S市に行ったよ」
反応しなかったといえば嘘になる。
「……知らねえよ」
「ふふ」
委員長はこの中身のない会話に満足しているらしい。
「彰人くんは変わらないねえ」
「そりゃどうも」
委員長はようやく僕というおもちゃに飽きたらしく、新たな話し相手を見つけてそちらに意識を向けた。僕は鞄の中のスマホを取り出して眺めた。通知は来なかった。
彼女は、夜の中でしか生きられないんだとよく僕に話す。
『昼は私を拒絶してくる。夜の方が好きかな』
『なんちゃって。単純に昼夜逆転してるだけだよ。アッキーはこんな大人になっちゃダメ』
僕は委員長と話す朝より、桃うさぎさんの孤独に触れる夜の方が好きだ。河に流されて見上げる夜空には彼女という一番星がきらきらと光っていて、僕は彼女に手を伸ばす。でも届かない。
名前も知らない。顔も知らない。声も聞いたことがない。年齢だって、二十代だってことだけ。僕は彼女のことを何一つ知らない。好きな音楽とか、好きな食べ物とか、好きな色とか、どんな顔して笑うのか、とか──。
スマホ越しに触れる彼女の輪郭を、僕は夜毎になぞる。わかってるんだ。遠すぎるってことは。
でも。
どんなすがたかたちをしていても、僕は彼女を好きだと思う。
僕はいつも、いつも、いつも、彼女の孤独に触れたいと思っているから。
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