イカ女房
肥前ロンズ
イカ女房
佐賀の呼子はイカが有名だが、たまに恐ろしいものが混ざっている。
ある男が、釣りをしに呼子を訪れた時、そこで同じく釣りをしていた老人と意気投合した。男は老人の家に誘われ、今日釣った魚を捌いて料理にした。
その時期は大きくて厚みのあるアオリイカがよく取れる季節だったが、男が釣ったのは、ケンサキイカより小さいイカであった。とても透明で美しいイカは、食べるととても甘く、口溶けもとけるような美味いイカであった。
お酒もすすんで、楽しく宵を過ごしていると、まるでイカ女房のようだと老人は言った。老人は顔を赤くしながら、訛りが強い口調で、次のことを語った。
――玄界灘からは、色んなものが流れ着く。ある日、美しい衣をまとった女が浜に打ち上げられた。漁師の男が介抱すると、女は恩返しがしたいと言って、漁師にイカを食べさせた。あまりに美味いイカを食べた男は、すっかり女の料理に骨抜きにされ、それ以外の料理を受け付けられなくなった。漁師が求婚したことから、二人は夫婦になった。
ところが、妻の正体はイカだった。漁師は、妻が自分の足を切り落とし料理するおぞましい姿を見てしまい、妻を酷く罵って離縁を突きつけた。すると妻は、人から巨大なイカに変化し、海へ帰っていった。
しかし、漁師はイカ女房の料理以外食べることが出来ず、毎日妻を探しに船を出した。しかしとうとう倒れてしまう。息も絶え絶えに漁師が妻に一目会いたいと言った時、イカ女房が現れ、長い足で漁師を海へ引きずり込んだとさ。
それ以来、イカ女房は、自分を受け入れてくれる男を探して、自らの分身を海に放ち、それを食べたものに会いに来るらしい。
イカの由来は、「食べる」という意味の「ケ」が訛ったものと言われているらしい――……。
それを聞いた男は、正体が明かされ悲恋となる異類婚姻譚としては珍しい終わり方だな、と思った程度だった。
さて。老人の家に泊まることになった男は、ふと目が覚め、近くの浜を歩くことにした。
その日は月が美しく、月の光を反射した暗い海面は、まるで月への道のようだった。
しばらく歩いていると、なにやら浜辺に、髪の長い女が倒れていた。男は慌てて駆けつけ、身体を抱き抱える。
月光に照らされた女の肌は砂浜より白く、濡れた黒い髪はうねっており、艶かしい姿であった。ごくり、と男の喉がなる。
眠っていた女が目を開いた。大丈夫か、と尋ねると、女は手を男の口元に伸ばす。
指が口の中へ入っていくと、あの甘くてとろけるような味が広がった。恍惚とした男の顔を見て、女は美しく笑った。
食 ベ タ ?
イカ女房 肥前ロンズ @misora2222
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