闇医者としての雪ひらは、いつ祟り殺されてもおかしくないほどのごうを背負い尽くしている。

 子流し。

 子売り。

 赤子の生きぎもの売りさばき。

 そうしたことばかりして稼いでいる。女の股から血に混じった胎児の手や骨のかけらが出てくるのを見たことも、赤子の腹をさばいたときのむっとそそり立つ熱や臭いも知っている。死ねば地獄の底の底まで堕ちるだろうと、おのれのことをそう冷めた目で判じていた。

 だが、その雪ひらでもそうそう為したことのないわざがある。

 それが女の胎の移植だ。つまりは、健やかな女の子宮を別な女の体内に移し替える。闇医者としての医術の中でも、いちばんの禁忌とされる業であった。

 どこから話を聴きつけたのか、令嬢ゆきの両親はこの禁忌を犯そうとしている。

 ゆきの妹、さよのためだ。さよは生まれつき胎がなく、子を生せぬ躰だった。その不憫ゆえに両親はさよを溺愛した。三つ上のゆきは捨て置かれ、齢六つのときに疱瘡を患った。

 疱瘡は癒えても肌に醜い痘痕が残る。美貌を失ったゆきはいよいよ両親から軽んじられた。


「この顔かたちでは、嫁のもらい手なんてあるはずないもの。妹に譲るのは道理だわ。だからわたしがまだ元気なうちに、この胎をあげたいの」


 ゆきはおのれの来し方について語ったのち、そのように締めくくった。

 表情には一片の怨みもなく、洗ったようにさらりとしている。雪ひらにはその諦めようが不思議だった。


「貴女自身が、どうにかして生きようとは思わないのか」


 雪ひらは、闇に手を染めてでも生き延びてきた男である。ゆえにこそ、悟りきったようなゆきの口ぶりが苛ついた。偽善とすらも思える。

 だが、ゆきは雪ひらのぶつけた苛立ちにも怯まなかった。ほんのりと口元に笑みを浮かべて答える。


「いいえ、わたしは死なないわ。妹のお腹の中で生き続けるもの。それでいいのよ」


 心からそう信じきっている声音だった。まったくもって理解ができない。雪ひらはゆるく首をふって釘を刺した。


「貴女がいいなら、おれはこれ以上口出ししない。後からやっぱり嫌だといってもそれは聞けないから、そこだけは承知しておいてほしい」

「ええ、いいわ。お願いします」


 その答えを聞き、雪ひらはならばと頷いて腕をまくった。ゆきのか細く色の悪い手首を取り、脈をはかる。瞼や舌をめくり、胎の張りや硬さを確かめ、血の道の流れを探った。

 診たところ、躰は少し弱り気味だが病などはなさそうだ。胎の移植もできぬことはないだろう。そうした所見を述べると、畳の隅に控えていた女中が矢立と巻紙を手にいざり寄った。


「では、いま仰った内容をこちらにおまとめいただければ」

「いや。自分のものがあります」


 雪ひらは携えてきた風呂敷包みから自前の矢立を取り出し、帳面に書きつけた。書き終えたものを女中が預かりますと言って手を伸べてくる。これをゆきの両親に報告するのだろう。

 一瞬、この娘の躰は移植に不適てきさずと書くべきであったかとも迷う。が、そうしたとてゆきの寿命が延びるとも思えなかった。そうであるので書いたままを女中に渡す。女中は会釈して帳面を受け取り、雪ひらを促した。


「雪ひら様には、お嬢様のが終わるまで当家にご滞在いただきます。どうぞこちらへ」

「……準備や師の許可も要りますし、いったん家に戻りたいのですが」


 雪ひらは眉をひそめて反駁した。おおかた口止めのためだろうが、急に言われても雪ひらとて都合がある。しかし女中はきっぱりと雪ひらの望みを絶った。


「雪ひら様のお師匠様には、当家よりご連絡いたします。足りぬ道具立てなどがございましたら、お申し付けいただければすぐにご用意いたします。さ、まずはお疲れでございましょうから、お部屋へどうぞ」


 女中がさっさと草履を履いて歩き出すので、雪ひらも付いてゆかざるをえなくなった。合間に後ろを一瞥すると、ゆきが青白い手をひらりと振る。

 雪ひらはその親しみを避けるように目をつぶり、蔵から去った。


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