二
「雪ひら殿は、女の病を得意としておられましたな」
患者であるえびす顔の老人が、着物の襟を直しながらにこやかに訊ねた。
老人の屋敷を訪なっての往診を終え、前回と変わらぬ処方を出したあとである。老人は雑談ついで、といった風情で問うたが、目の奥には雪ひらを見定めるような光があった。雪ひらは幾分用心しながら答える。
「はあ、まあ、そうですね。わが師には遠く及びませんが」
暗に面倒ごとならば師匠のほうへ頼んでくれと伝えたつもりだったが、老人はいやいやと手をふった。
「これは雪ひら殿でないと果たせぬ患者かと思いまして」
「……、」
つまり、表沙汰にできぬ厄介な相手であるということだ。
雪ひらは清く正しいまっとうな季節医としての師に弟子入りする一方、汚れ仕事を請け負う闇医者としても働いていた。みなし児の雪ひらが金を稼ぐには、それが一番手っ取り早かったためだ。師には隠れて仕事をしていたが、彼がどこまで承知していたかはわからない。おそらくあえて目をつぶっていたのだろうと思う。
それはさておき、いまは老人のことであった。
この老人はかつて
「お相手は、どちらのどういった女人なのでしょうか」
「――」
老人のいらえを聴いて雪ひらは眉を上げた。相手は当時住んでいた町における屈指の名家で、雪ひらのように下賤な輩など、門前を通ることすら憚られるほどの立場である。雪ひらは疑問をぶつけた。
「……同じ闇医者を頼むにしても、私のような若輩者よりよほど腕の立つ者がいるかと思いますが」
「いや、いや。お若い雪ひら殿ゆえによいのですよ。未来ある若者を育てんという気概からでしょうかな、先方がそう希望しておるのです」
その言葉を額面どおりに受け取るほどお目出度くはなかった。
要は雪ひらのような青二才であれば扱いやすく、まずいことが生じても容易に揉み消せるからだろう。そうした手の内は見当がついていたが、雪ひらはあえて踏み込んだ。
「報酬は、いかほどいただけるのでしょうか」
その答えもまた、雪ひらの眉を上げさせるだけのものだった。真実それだけの報酬が出るならば向こう五年は遊んで暮らせる。危ない橋ではあろうが、おのれ独りがどうなろうと取り立てて困ることもない。いつもそうして、金を稼ぎ続けてきたのであるから。
ゆえに雪ひらは、老人の口車へ乗ることにした。詳しい話を、と膝を進めれば、老人は高みから蟻を見下ろす創造主のような顔つきで微笑した。
「それでは、お話進ぜましょう」
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