第246話 エピローグ (3)

「もしかして、ずっとつけてきたんですか」

 ぼくの質問に、楠本の父親はねちっこい笑みを浮かべながら答えた。

「ああ。これが最後の機会だからね」

「さすがにこんなことをされると、ぼくも警察を呼びますよ」

 うんざりしたぼくは、少し強めの口調で言った。こういうのも、ストーカーって言うんだろうか。男子高校生が五十代のおじさんにストーカーされる、しかもその理由がチャネリングっていうのは、めっちゃ気持ち悪いんだけど。

「これが最後だから、ぜひとも君に、協力してもらいたい」

「最後って、何が最後なんです?」

「今が絶好のチャンスなんだ。惑星が絶好の配列になっていて、その力が世界の扉を開けやすくしている。今を逃すと、この先何年もこんなチャンスはないんだ。頼む、頼むから……」

 また惑星の話かよ。なんだっけ、惑星直列? それとも十字の形になるんだったかな。子供の頃、初めてこの話を聞いた時には、おーすげー、何か起きるかも、と思ったけどね。経験(というか、失望)は、人を成長させるのだ。あれ、でも最近は、そんなことが起きるなんて話、聞いてないような。あ、こいつらの言う「惑星」が、太陽系以外の星って可能性もあるのか。だったら直列にしろ十字にしろ、選び放題のはずだけどなあ。

 ぼくはため息をついて、楠本に告げた。

「お断りします。さっきも言いましたけど、正直な話、あなたの話にはついていけません。ぼくも楠本さんのことは心配ですけど、そんなことで彼女が帰ってくるとは、とても思えませんから。

 それから、この先、ぼくや柏木には声を掛けないでください。今度、今みたいなことをされたら、本当に警察に相談しますからね」

 これで最後にしたかったので、少し厳しめな言葉を使った。楠本は不満げな顔になって口をつぐむ。どうやら、納得も反省もしていないみたいだ。だけどそんなことは、ぼくには関係ない。

「じゃあ、ぼくは帰ります」

 そして回れ右をして、歩き始めた。少し近道になるからこっちの道に来たんだけど、こんな人気のないところでこんな変なやつに絡まれるくらいなら、遠回りでも大通りに行けば良かったかな……。


 ──その瞬間、ぼくには何が起きたのかわからなかった。

   焼け付くような痛みが胸の真ん中から全身へと走り、頭の奥で鳴り響いた。喉の奥から液体が逆流して、口中に鉄の味が溢れてくる。


 背中で、大きな叫び声がした。

「異世界から愛花を連れ戻すには、何か大きなきっかけが……生け贄が必要なんだ!」


 ──何か叫ぼうとしたような気がするけど、そんな程度のことさえできずに、ぼくはその場に崩れ落ちた。

   意識を失う直前、自分の胸の真ん中から、銀色の刃が生えているのが見えた気がした。


 誰かの叫ぶ声が続いていた。

「生け贄には、あの場にいて、事件と最も関係の深かったおまえが、最もふさわしい!」


 ──あ、これはだめだな。と、ぼくは思った。こりゃだめだ。間違いなく、これは死ぬなあ……。


「娘を、娘を返せ!」


 ──ただ、意識を失う直前に、こんなことも思ったんだ。

   そういえば、おんなじようなことが、前にもあった気がする。

   次に目が覚めた時には、ぼくはどんなことが出来るようになっているんだろう、って。


 ……あれ? 変だな。どうしてぼくは、こんなことを考えてるんだろう? ……。


 ◇


 目が覚めた時、真っ先に感じたのは、顔に当たるゴツゴツとした感触だった。気がつくと、ぼくはアスファルトの道路に、うつ伏せになって倒れていた。起き上がろうとして手をついたら、ずるっと滑って、前のめりに倒れてしまう。どうやら、てのひらが濡れていたみたいだった。今度は慎重に両手をついて起き上がり、地面から立ち上がる。そこでようやく、ぼくは自分の身に起きたことを思い出した。


 シャツの胸ポケットのあたりが、真っ赤に染まっていたからだ。


 そうだ、確かあの時、後ろからナイフのようなもので刺されてたんだっけ。ぼくはあわてて、背中に手を回した。見えはしないけど、シャツの後ろも破れていて、触った手に液体がつくのがわかった。戻した手には、べっとりと赤い液体がついていた。間違いない、血だ。

 犯人はあいつだろう。楠本愛花の父親。異世界との交信と言う話にぼくが協力を断ったので、逆上したんだ。いや、生け贄がどうしたとか叫んでいたような記憶もあるから、最初からぼくを殺すつもりだったのかも。あいつ、ぼくが思っていたより、かなりヤバいやつだったんだな。早く警察に連絡して、捕まえてもらわないと。

 ところが、立ち上がって回りを見まわしたところで、ぼくは再び固まってしまった。


 道沿いを流れる川の中に、楠本の父親が浮かんでいるのが見えたんだ。


 あいつ、どうしてあんなところにいるんだ? ぼくを刺して、犯行現場から急いで逃げようとして、誤って川に落ちてしまったのかな。でも、その姿を見ていると、彼はずっとうつ伏せの格好で、まったく動いていなかった。手も足も力なく水中に伸びて、顔は水面につけたまま。たぶんだけど、呼吸はしていないように見える。いったい、何があったんだ?


 いやちょっと待て。それ以前に、ぼくはどうして、平気で起き上がれるんだろう。


 記憶が正しければ、ぼくは背中から刺されて、その刃物は胸を貫いていたはずだ。軽症であるはずがない。なのにぼくは、こうして生きている。それどころか、刺されたはずの背中も胸も、まったく痛みがなかった。じゃあ、あれは夢だったんだろうか? でも実際に、シャツは血まみれになっているし……。


 ぼくは呆然として、血のついた手を眺めた。すると今度はいきなり、ぼくの目の前に変な文字が浮かび出てきた。


【種族】ヒト(マレビト)

【ジョブ】蘇生術師  [/勇……]

【体力】7/111

【魔力】77/77

【スキル】剣Lv8 蘇生Lv4 隠密Lv9 偽装Lv9 鑑定Lv7 探知Lv8 罠解除Lv6 縮地Lv5 毒耐性Lv6 魔法耐性Lv6 打撃耐性Lv6 状態異常耐性Lv5 痛覚耐性Lv4

小剣Lv5 投擲Lv8 強斬Lv5 連斬Lv4 威圧Lv4 受け流しLv4 火魔法Lv7 雷魔法Lv5 土魔法Lv5 水魔法Lv6 風魔法Lv7 氷魔法Lv5 闇魔法Lv4 精霊術Lv6

弓Lv7 魔力探知Lv5 罠探知Lv8 暗視Lv7 採掘Lv3 狩猟Lv4 伐採Lv3 農業Lv6 鍛冶Lv5 陶芸Lv2 裁縫Lv6 彫金Lv3 大工Lv4 家事Lv7 料理Lv8 演奏Lv4 歌唱Lv4 計算Lv2 暗記Lv2 速読Lv3 …… 

【スタミナ】 95

【筋力】 114

【精神力】68

【敏捷性】Lv8

【直感】Lv8

【器用さ】Lv8


 ぼくは思わず、つぶやいていた。


「……え、なんだ、これ?」



────────────────



 これにて、「追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記」は完結となります。


 ハッピーエンドとは言えないかもしれませんが(まあこの小説の場合、退場した登場人物が無条件に復活する、なんてことは考えにくいですし)、できる範囲でのベター・エンド、くらいにはなったんじゃないでしょうか。

 ラスト以降の展開ですが、殺人事件? に巻き込まれそうになった主人公は、さすがにこのまま事件に関わるのはまずいと考え、近くにあったお店の人に頼んで、「人が溺れている」と通報してもらいます(服は、偶然持っていた体操着に着替えました)。警察が発見した死体は司法解剖に回されましたが、外傷も毒物の痕跡もなかったために「原因不明の心停止」の結論となり、最終的に、事件性はないとの判断が下されました……くらいを想定しております。その後は、主人公は無事、平和な学生生活を送ることができるはずですので、ご安心ください。

 ステータスだけを見ると、なんだか現代世界で無双してしまいそうですが、そのあたりは十分に自重した、と言うことで。たまには、少しくらい羽目を外してしまうことも、あるかもしれませんけど。


 ただ、もしかしたら、完全な「外伝」「異聞」として、異世界での続きを書くことは、考えていないこともないです。用意していたけど本篇では使わなかった設定が、一つ二つ残っているので。今のところ一行も書いていませんから、本当に「もしかしたら」の話ですけど。


 さて、本作は私にとって、初めての Web 小説でした。Web での書き方がよくわからず、「文字が詰まっている」との感想をいただいたりしました(このあたりは、今もよくわかっていなかったりします)し、途中で書きためた分がなくなりそうになりましたが、なんとか完結までたどり着くことができました。これも、応援をいただいた皆さんのおかげです。いやほんとに。読者さんからの反響がなければ、けっこうな時間を割いてここまで書き続けるなんてこと、できなかったでしょうから。


 実は、最初はこういうきちんとしたエンディングまで、書くつもりはありませんでした。その時に考えていたのは、「死者の国」に行くまでは同じですが、そこで主人公はアネットだけでなく、リーネとも再会します。そして三人はイチャイチャ、ラブラブな旅を続けるのですが、その途中で突然の「おれたちの戦いは、これからだ!」エンド……というものでした。つまり、「さて、彼女たちは生きてるのかそうでないのか、どっちでしょう?」という、オープン・エンドもありかな、と思っていたんです。

 ですが、書いているうちに、主人公にちゃんとしたラストを作ってあげたくなってきて、地球に帰る話を作ることにしました。帰還の手段に、ちょっと付け焼き刃な感じがあるのはこのためです。自分の作った登場人物(というよりは、作品そのものかな)に感情移入してしまうなんてこと、あるんですね。でもそのおかげで、こうしてそれなりの結末をつけることができたと思っています。


 ここまで読んでいただいた皆さん、どうもありがとうございました。またなにか別の機会がありましたら、その時はまた、よろしくお願いします。




 えーと、それから。

 実は本日、本作の Kindle 版をアップしました。ただし、第2巻だけ。なぜ2巻からなのかというと、1巻が間に合わなかったという単純な理由です。やっぱり、間に合わなかったか……。

 Web 版と比べて、多少の文言の整理と、ちょっと長めの外伝、それから表紙イラストも追加しています。この中で一番問題なのは、表紙でしょうか。イラストはこれ一枚だけなんですが、何が問題かというと……。

 登録されるまでに2~3日かかるかもしれませんが、興味がおありの方は、アマゾンで探してみてください。たぶん、試し読みができると思います(なにしろ初めてなので、できると言い切れない)ので。



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追放された蘇生術師の、死なない異世界放浪記 ココアの丘 @KokoaNoOka

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