第2話 峠の事故

 気分は落ち着いてきて、いつもの脇道へと入る。

 近道にはならないのだが、適度に細く曲がりくねった道は攻めがいがある。

 愛車と一体になって坂を攻める。

 そしてヘアピンカーブからの立ち上がり


 ドッ


 と車の後部から大きな音がした。

 驚いてミラーを見ると、さっきの老婆がトランクに包丁らしい物を突き立てて、車にしがみついている。


「うあぁぁぁぁぁぁぁ」


 アクセルを踏み込み、加速力に身体がシートに押し込まれる。

 ミラーを見ると老婆はトランクに足を掛けて上がろうとしていた。

 急ブレーキを踏む。


 キィィィィィィィィィィィ


 シートベルトが身体に食い込む。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


 ミラーを見ると老婆の姿は見えない。


 すぐに車を発進させた。


「何なんだ。

 こんなことってあるのかっ」


 冷静さを失い、運転が雑になり、タイヤが音を立てる。

 屋根から何か音がする・・・


「マジか・・・」


 ドッ


 老婆がボンネットに降ってきた。

 両手に持つ包丁をボンネットに突き立てている。


「くっそ」


 振り落とそうとコーナーを攻めるがびくともしない。

 そしてフルスロットルでリヤを振りながらストレートを立ち上がり、速度が乗ったところで急ブレーキを踏む。


 キィィィィィィィィィィィ

 ゴッ


 包丁がボンネットから抜ける音と共に老婆は上へ飛んで消えた。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」


 ミラーを確認するが何も見えない。

 急発進させる。


 運転は先ほどよりさらに雑になっていた。

 路面の変なところに付いているタイヤ痕を見て、下手くそな運転だと思っていたが、こういうことかと思い直した。

 ボンネットの包丁が刺さっていたところが黒い影になって見えた。


「現実か」


 生きた心地がしなかった。


 そして峠を登り切り、下りへと入ったところで前方を塞ぐようにあの老婆が立っているのがヘッドライトに浮かぶ。

 アクセルを踏み込んだ。

 老婆が一気に近づいてその瞬間。


 ドッ


 老婆はボンネットに飛び乗った。

 あり得ないことだが、冷静に車をコントロールして、そしてコーナー手前の急ブレーキで振り落とそうとペダルを踏み込む。

 しかしペダルは抵抗がなくスカスカだった。

 気づくと老婆はいなかった。

 そして減速することなく道路を外れて飛んでいた。

 抵抗がなくなってエンジン音が吹き上がり、タイヤが空転する音がする。

 世界がゆっくりと流れる。

 

「そういえば、そこにも変なタイヤ痕あったか・・・

 そういうことか」


 車体が立って、ヘッドライトが地面を照らし近づいていく。


 グシャ

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ヒルクライム(Hill climb)峠の鬼編 最時 @ryggdrasil

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