ヒルクライム(Hill climb)峠の鬼編

最時

第1話 峠の人影

 夕暮れに長野県の高原道路ビーナスラインを愛車でのんびり流して、夜の諏訪湖を周回する。

 どちらも日中は観光客などで混雑しているが、この時間だと気持ちよく流せる。

 

 帰路、諏訪盆地と松本盆地を隔てる塩尻峠へ向かう。

 高速道路のトンネルもあるのだが、一般道では二つの地域を結ぶ主要な道路だ。

 登りは二車線で快適に走れる。

 古くは五街道の中山道に当たる道でもある。


 まもなく深夜零時だ。

 街の道と同様に日曜日この時間になるとトラックも少なく静かだ。

 誰もいない峠道。

 そうなるとやはり速度を出してしまう。

 

 上り坂に入り、ギアを下げてアクセルを踏み込むとエンジンはいい音を出してスムーズに回転が上がり、加速力を身体に受ける。

 気持ちがいい。

 いわゆる旧車というやつに乗っている。

 最近の車と比べればあらゆる面で劣ってはいるが、コンピューターなどを介さずにダイレクトに車をコントロールする感覚。

 自ら様々なカスタマイズをできるという楽しさ。

 本当の意味でのマイカー。

 車と一体になって自分の身体のように感じることが出来る。

 そんな愛車で峠を駆け抜けるのは本当に楽しい。


 少し登ると、こんな時間に山道の脇に立つ人影が見えた。

 そして近づくと異様な姿に楽しい気分が一瞬で吹き飛んだ。

 

 白装束の小柄な長い髪の老婆か、長い髪に顔は見えなかった。

 腰の曲がった小さなサダコという感じだ。

 リングの映画では大げさな演出に恐怖よりも笑いを感じてしまったのだが、現実の夜の山道で見ると背筋が凍るような悪寒を感じた。


「なんだあれ。ヤバいだろ」


 小さい頃の噂話を思い出した。


「夜、塩尻峠へ行くと包丁持ったお婆さんが追いかけてくる」


 と、当時聞いたときは子どもながらにも、そんなことしてたらすぐに捕まるだろと思ったが、まさか追いかけてこないだろうなとミラーを確認する。

 もちろん何も来ない。


「人形とか、誰かのいたずらか。

 この時間だと流石にビビるな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る