シャドラーゼの魔女
「あ、あの……もうちょっとゆっくり進んでもらえると」
「だめですよ。これからはリエルも馬に慣れてもらわないと。一緒に旅するなら。次の街……えっと、ギブルだったかな? そこについたらあなた専用の馬も買うのでバッチリ練習ですよ」
「え……」
乗り慣れて居るであろうレミイの後ろでもこんなに怖いのに、一人なんて……
ずっと暮らしていた森の中の小さな小屋。
そこにパパとママを送り届け、少しの間旅立ちの準備をした後、レミイと共に馬に乗り森を抜けて、草原地帯を進んでいたのだ。
初めて見る一面に広がる緑の草原。
どこまでも遮る物の無い信じられないほど広い空。
それは私を心から魅了したけど、それ以上に馬の高さと揺れへの怖さは何ともならず、レミイの腰に文字通りへばりついている有様だった。
すでに旅を後悔し始めている私にレミイはホンワカした口調で言った。
「ギブルに着いたら、忙しいですよ~。まずは宿に入って、落ち着いたら早速魔法の訓練とヒューマン語の勉強。それらが順調に進んだら、もしかしたら学校にも入ってもらうかも。私たちの旅はかなり長丁場ですからね。あなたも戦力として期待してますよ。フフッ」
「あの、学校……って何ですか?」
「なんだ、リエル。学校も知らないのか? 学校は年の近い子供たちが、様々な事を一緒に勉強するところだ」
「そう! あなたは魔法学校かな」
私は呆然とレミイの背中を見つめた。
これからどうなるんだろ……
私は、胸に下げているロケットをそっと握った。
それはパパとママがまだ赤ちゃんの私を拾ったばかりの頃、市場で売られていた物を買った物だった。
丸く、中心に花の装飾が施された銀色の物で、パパやママはその花の模様が私に似合っていると思ったらしく、いつか結婚するときに渡そうと思っていたらしい。
「お前、きっと良い人、一緒になる。その時渡そうと。でも、今渡す。お守り」
パパはポツリポツリと話しながら、私の首にかけた。
「リエル、花の様な娘。お願いします。また戻ってくる。きっと」
「うん。絶対また帰ってくるから。このお守りも大事にする。パパ……ママ……大好き」
「お前……ニンゲン。でも、ゴブリンの子。オラたちの子」
「うん……私、ニンゲンとゴブリンの子だよ! 誰の前でも胸張ってそう言うから」
「そんなこと、いい。どっちでも、いい。ただ……幸せに。元気で」
「……うん」
ロケットを見ながらパパとママとの会話を思い出していると、涙が溢れてきた。
ダメだ。
もう泣かないと決めた。
絶対、レミイさんのような魔法使いになるんだ!
そう思い、ロケットを握りしめたとき……
「キャッ!」
片手を離した私はバランスを崩して、左側に倒れそうになった。
……が、すぐに振り向いたレミイが、片手で私を抱き寄せてくれた。
私は自分の顔がレミイさんの胸に包まれているのを感じ、妙に心臓がドキドキするのを感じた。
(ニンゲンって……こんなに暖かくて、気持ちいい)
「大丈夫ですか? まだ慣れてないんだから、片手はダメですよ」
「……は、はい。すいません」
「リエル、顔真っ赤だけど大丈夫か」
「あ、えっと……大丈夫です」
「なら良いけど。さて、多分もう少しで街に着くぞ。日が沈むまでには行けそうだ」
「珍しいですね~。方向音痴のあなたにしては」
「いつもお前は馬鹿にするよな。今回はしっかり磁石も使ってるからな。問題ないよ」
「う~ん。でも私の気のせいでしょうか。なんか潮風の匂いが。確かギブルって内陸部の街のはず」
「……そういえば」
「フフッ、やっぱり~。街は街でもギブルじゃ無く、カルラードに向かっているのでは?」
「……え? カルラード。ヤバくない、それ」
「うん、ヤバいですね。ただ、もう今からじゃ時間的にギブルには向かえないから、このまま今夜はカルラードの宿屋へゴー! ですね」
「ああ……ゴメン! やっちまった。よりによってあそこか……」
「あ……あの。そのカルラードってどんな街なんですか?」
「あ、そうね! ゴメンね~ちゃんと言って無くて。カルラードは別名『足掻きの街』っていわれてるの。意味は『踏み入った事を後悔して出ようと足掻くけど、二度と生きては出られない』って事。裏切りと罠に満ちあふれている街」
「え……そこに行くんですか? 私たち……」
「そっ! でも大丈夫。物は考えようで、危険であるほどリエルちゃんに生きたお勉強をさせてあげられるし、私がいるから大丈夫。しっかり色々教えてあげるから」
「あ……有り難うございます」
「あのさ! 俺もいるんだけど。仕方ない! 俺たちが責任持ってリエルを守ってやるから」
「一日だけの貴重な体験ですからね。明日の朝にはパッと出て、改めてギブルにゴー! ですよ」
「そう上手くいくかな……」
「あら。サイガ。あなたが道を間違えたんだから、ちゃんと責任取って私とこの子を守ってね」
「お前の方が強いだろ。俺より」
今から行く街の話を聞き、すっかり不安になったけど、不思議と二人のやり取りを聞いていると何とかなりそうな気がする。
これからどんな毎日がやってくるんだろう。
不安とワクワクを感じながら、胸のロケットを見た。
銀色の花の装飾は私に不思議な勇気をくれる。
いつか、旅の一番の宝物をこのロケットに入れたい。
そしてパパとママに見せるんだ。
私は小さく微笑むと、レミイの背中にギュッとくっついた。
これは後に「至宝の魔女」「シャドラーゼの魔女」と言われることになる、私。リエル・ランガーバードの長い旅の始まり。
様々な人や国を巻き込んで広がる事となる旅の小さな最初の一歩。
【終り】
シャドラーゼの魔女 京野 薫 @kkyono
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